ポスト資本主義として成り立つ世界は存在するのか

ポスト資本主義が成立するためには

こんにちは!Jimmyです。

投資領域の枯渇、貧富の格差拡大が問題になっています。

資本主義の限界を指摘する声が増えており、資本主義の中心国アメリカにおいても、社会主義を支持するような動きも出てきています。

今現在、世界を覆っている資本主義の世界はこれからどう変化していくのか、ポスト資本主義として成立する世界は存在するのか、気になるところです。

過去に試みられたこと、理論上の話を含めて、ポスト資本主義の可能性について多くの議論がなされています。

参考記事

資本主義の限界がもうすぐそこにある理由

今回、資本主義に変わるシステムに関する考察がなされている一つの書籍に注目しました。

今後の可能性について考えを巡らせるのに参考になりましたので、その考え方を一部紹介します。

参考書籍 よりよき世界へ 資本主義に代わりうる経済システムをめぐる旅

著者   ジャコモ・コルネオ(ドイツの経済学者)

海外の文献且つこの手の話題となると日本語に訳す側も大変であることが想像できます。

よほどの事前知識がない限り、一気に読み進めるのは難しい書籍です。

かなり時間を費やす必要がありましたが、書いてあることは非常に興味深く、古代から近代までに発案された経済システムについて説得力のある分析がなされています。

エッセンスをまとめれば、若干ながらわかりやすく、参考になる記事になるのではと考えました。

本書を私なりに解釈し、重要な部分をまとめ、以下に記していきます。

過去に一旦は失敗と結論づけられた社会主義についても、検討の対象となっています。

前提条件は過去と現在では大きく異なっており、当時の状況だけを考え、失敗と結論づけることはできないからです。

はじめに、現在の主要な資本主義国の特徴を以下のように示します。

・市場システム
・生産手段の私的所有
・政治による経済への介入
・民主主義

題名に「よりよき世界へ」とある通り、現在の資本主義システムにとって代わるだけの有効なシステムである必要があります。

当然、豊かさ、福利という観点で大きく衰退するような経済システムは受け入れられないでしょう。

現代資本主義の問題点は、貧富の格差の拡大、分配の不平等、そして持たざる者への疎外です。

これらを解決できるだけのシステムでなければ、現在の資本主義社会にとって代わることはできないという前提で考えていきます。

なお政府の介入の是非については、「無政府主義」という形で論じられていましたが、今日の社会では明らかに成立しないため、政府の介入は所与の条件として扱っています。

長文になるので、上の目次をご覧いただき、気になる箇所(主義や考え方)からご覧ください。

古代の哲学者プラトンが考えた国家

古代ギリシャの哲学者として現在でも多くの人に知られるプラトンは、紀元前400年頃の時代の人です。

この頃には、既に金権政治が問題になっており、プラトンはそれを解決するためのシステムに思いを巡らせていました。

プラトンが考える国家像を端的に表すと、以下の2つになります。

・民主主義の廃止
・政治と経済の分離

まず、政治と経済の分離です。

政治と経済の交わるところに、不正が発生し、国家の機能不全の元となります。

現在でも同じです。

政治をする人は特に重要で、金権政治を無くすためには、政治に従事する人と、経済活動を行う人を完全に分離する必要があるとしました。

政治に従事する人は、一般社会から空間的にも完全に隔離され政治家だけで集団生活を送ります。私有財産、結婚も禁止されます。

政治家になる人は、生まれて間もなく親から引き離され、隔離された政治集団の元で、国家のために生きる専門の教育が始まります。

幼い頃から政治や法律、国家の運営を学び、大人になって晴れて政治家として政策決定を担う存在になります。

そこでは大人は誰もが「親」であり、子供は誰もが「子」となります。家族の血縁関係による利害関係と意識そのものを排除しています。

給料もなく、経済活動も行うことはできません。一般社会から、生きるために最低限の生産物を受け取り、政治に専念します。

国家のために、無私の心で働く人間を作り出そうとしたのです。

そして、二つ目、民主主義の否定です。

政治集団が政治決定の全てを司ります。

市民の意向は全く反映されません。

市民に選ばれる存在ではなく、更に私有財産も禁じられているため自分の欲得のために考えるということはありません。

そうなれば国家のための最善の政策を実現できるだろうとプラトンは考えたのです。

しかし、政治的判断における善悪の答えは一つに定まらないケースがあることは明らかです。

政治集団の中での意見がいつも統一されるということは現実的ではありません。

必ず論争が起こります。そうなれば、考え方の違いにより派閥ができ、対立が生まれることになります。

対立が生まれれば、相手に勝つための方法が画策され、外界との接触含め様々な問題が起こるでしょう。

もはや、隔離された政治家集団だけで最良の意思決定を行うことは現実的ではなくなると結論づけられています。

今の時代を考えれば、たとえ機能したとしても、一部の人間に対して親子の縁を否定するようなやり方は、受け入れられない可能性が高いでしょう。

結論

・政治と経済を完全に分離して、政治集団が国家の政策決定を担う体制は機能しない可能性が高い。
・内部の争いを調停するメカニズムが無い。

トマス・モアのユートピア

イングランドの思想家、トマス・モアが16世紀に発表した「ユートピア」に基づく国家です。

ユートピアの特徴は以下の通りです。

・市場システムの廃止
・私有財産の禁止(社会包括財産共同制)
・通貨は存在しない
・民主主義採用(間接民主主義)

まず、市場システムも、私有財産もありません。

ユートピアは複数の都市によって構成されており、各都市における空間の成り立ちはどれも同じです。

各都市6万人ずつが4つの区画に分かれ、それぞれの区画の中心に広場があり、そこで集荷と分配が行われます。

一家族40人程度で構成され(血縁関係ばかりではない)、年長者が家長となります。

産業は手工業と農業からなり、家族単位で、1つの手工業に特化し生産を行える体制を作ります。1日の労働時間は5時間程度、家族で共同して行います。怠けることを防ぐ手段は、一義的には家族への利他心です。

一方、定期的な交代制で誰もが農業に従事することが規則です。つまり平等の観点から、農業専任者を作らず、農業と手工業を定期的に繰り返していきます。

生産された全てのモノは、地区にある倉庫に納めます。

そこに出入りが許可されたそれぞれの家長が、必要な物資を必要なだけ自由に持ち出すことができます。

余ったものは他の不足している地域に与えます。また、輸出して金、銀、鉄にかえて有事の対応や、輸入決済に充当します。

また、誰もがやりたがらないであろう仕事(掃除や屠殺など)は奴隷階級が引き受けます。

奴隷は、戦争の捕虜、重罪を犯した犯罪者、他国からの志願者で構成されます。

次に、民主主義の採用です。

各区画、各都市から代表者が民主的に選ばれ、代表者(フィラーク)により、最終的な指導者が選ばれます。この指導者により国家の政策が取り決められます。

指導者に任期はありませんが、僭主政治の疑いがあれば解任できる権利を市民は有しています。間接的に市民に選ばれた指導者により政治が行われます。

代表者の一部は、学識者階級として、宗教、政治の研究を引き受け、手工業、農業から解放されます。

また、代表者は、市民が労働にしっかり従事しているかを監視する役割も担います。労働を拒否していると見なされた者は奴隷になることもあります。

このように、民主的に選出された指導者により政治が行われ、市民は、平等に労働を全うすることで生産物を享受できます。

しかし、このような国家を現代社会に置き換えると様々な問題が発生することが予想されます。

まず、このユートピアが成り立つ条件として、市民が善良に働くことが挙げられます。

善良な行動を支えているのが以下の3つの動機付けです。

・利他心、隣人愛。家族のため、周りの友人のために働くという意識。
・社会規範。自分が得るために働く。働かなければ奴隷になるという恐怖心。
・道徳心。義務としての労働という意識。

トマスモアの時代を考えれば、現代より限られた小さな共同体の中での話になりますので、当時であれば成立した可能性はあるかもしれません。

しかし、現在で考えれば、上記3点を満たすことは大変困難であると言わざるを得ません。

まず、グローバル社会では、自分によって生産されたモノが、誰に届くか、誰のためになるのかを認識することは難しく、隣人愛的な発想にはなりにくい現状があります。

つまり、ナイチンゲール並みの博愛さを市民に要求するのは難しいということです。

社会規範にしても、大きな共同体であればあるほど、監視にかかる費用も増え、問題が起きたときの判断基準が難しくなります。

例えば、生産高が少なかったのは不測の事態が原因なのか、怠けていたことが原因なのか。生産者毎に一件一件判断するには膨大な情報が必要であり、現在の技術では到底管理、判断できません。

仮に管理できたとしても、現在の資本主義ほどの労働生産性を維持することはできないでしょう。労働者は必要最低限の数を超えて生産する動機が無いからです。

また、全ての人に高い道徳心を持たせることがどれだけ難しいかは現代社会に生きる私達なら誰でも知っているでしょう。

当然、現代の技術レベルを考えると、一つの製品ができるまでに複雑な過程がいくつも存在します。家族的な単位での労働は現実的ではないことも付け加えておきます。

結論
・トマスモアのユートピアは、互いによく知っている非常に限られた集団が、長期的に協働することを前提にする場合においては機能する可能性があるが、現代では、労働に対するモチベーションを保つことは難しく、生産性は格段に低くなるため現在資本主義の代替案としては全く機能しない。
・技術レベルが高度になっているため、家族単位での手工業は通用しない。

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