歴史から振り返る教育改革における教師の役割と課題

教育改革に伴って教師は変われるのか?

こんにちは!Jimmyです。

間もなく、教育改革が始まります。

大学入試が変わることが大きなポイントです。

 

今までは、学校の教育過程を変えようとしても、学習の最終目標となる大学入試が従来通りの知識詰め込み型、暗記型に重きを置くものであったため大きな変革はかないませんでした。

 

今回は大学入試も大きく変わり、単なる知識だけでは解けない問題が出題されるようになります。

このことにより、学校教育も、知識をどう活かすか、どう応用するかという視点で授業を行えるようになります。

 

文部科学省が示す、今後の求められる人材として学力の3要素を挙げています。

  • 十分な知識、技能
  • それらを基盤とした、答えが1つに定まらない問題に自ら解を見出していく思考力、判断力、表現力の能力
  • これらの基になる主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度

 

さらっと書いてありますが、これは大変難しいことだと思います。

今の日本を考えると、大人でも上記3要素が備わっていない人がたくさんいるからです。

 

学校で答えの定まらない問題をどう扱うか、それを基に、子供の思考力、判断力、表現力をどう伸ばしていくか、さらに、主体性を持ちながらも多様な人々と協働できる能力をどう育てるか。

必要な資質だと思いますが、前途多難な印象を受けます。

 

教育改革の総論について、私は賛成ですが非常に気になることがあります。

先生は大丈夫なのか?という問題です。

 

若い先生ならともかく、教師歴数十年のベテランの先生は、教育改革の方針そのものに消極的だという話も聞きます。

意欲がついていったとしても、そう簡単にスタイルを変えることはできないのではないかと思います。

 

教育改革

日本の教育の歴史

問題を指摘する前に、日本の教育の歴史を簡単に振り返り整理したいと思います。

時代により背景は異なりますが、一貫して日本の教育は、個人・個性よりも集団、協調性を重視した教育を続けてきました。

明治から戦前

近代国家を作るために、世界各国の制度を積極的に取り入れるようになりました。

教育については、フランスのものを参考に取り入れました。

封建的な江戸時代から、「国民各自が身を立て、智を開き、産を作るための学問」という位置付けでスタートしました。

 

この時代、日本国家は欧米列強から植民地化の危機にさらされていたことが重要な背景です。

近代国家建設を急いだのはまさにこのためです。

富国強兵、殖産興業を迅速にやることが政府の大きな方針でした。

 

社会の要請は教育に反映されると言われています。

国家に寄与する人を作ることに教育の力点が置かれるようになりました。

 

その結果、自分の意見や個性よりも、集団生、指示されたことを忠実に実行することが求められるようになりました。

特に戦前は、国家主義的な考えが全盛を極めました。

 

戦後からバブル

終戦により、国家主義的な雰囲気は無くなりました。

そして復興に移ります。

 

大量生産を基礎とした右肩上がりの高度経済成長期に突入します。

モノが足りず、作れば売れる時代です。

 

いかに大量に作るか、効率的に作るかが競争力の源泉になりましたので、ロボットのように一糸乱れぬ協働体制が重要視され、日本の製品は不良品の少なさから高く評価されるようになりました。

 

そこで必要とされた能力は、結果としては明治期とあまり変わりません。

指示をしっかり実行すること。

個よりも集団生を重んじ、協調性が求められました。

 

出る杭は打たれます。

当然学校教育では、協調性が重要視され、先生の話をよく聞く人が高く評価されました。

 

学歴社会になったのもこの時期です。

良い成績を取り、良い大学に行き、良い企業に就職することを成功とする価値観が一気に広がりました。

良い企業に入れば、年功序列、終身雇用のもと、人生安泰が確定するからです。

 

指示されたことを忠実に粘り強く取り組める人は、社会が求める人材でした。

これは、与えられた教科書の内容をよく覚え(知識を詰め込み)、粘り強く努力し偏差値の高い大学に合格できた人間が兼ね備えた能力に見事に合致します。

 

そのため企業は学歴を重視しますし、教育も、良い大学を目指すことに重点を置きます。

かくして日本は、バブル崩壊まで、企業の製品のみならず、学校にて指示待ち人間を大量生産するに至りました。

 

バブル崩壊以降

少子化の影響もあり、大学競争が少し緩和しました。

そして、長い景気低迷期が始まりました。

 

努力しても報われない雰囲気が充満するようになり、若者は無気力な人が増えました。

今までの教育の限界を感じた政府は、ゆとり教育を打ち出し、多様性を育む教育に舵を切りますが、失敗に終わります。

 

大学入試や企業が求める人材が高度経済成長期と変わっていなかったため、ゆとり教育は保護者からも批判の的となりました。

そして中途半端に終了となり、以前の学歴社会(知識詰め込み)に逆戻りしました。

 

それが、昨今の世界全体の潮流の変化、AI時代の幕開けに伴い、従来の指示待ち人間の大量生産に危機感を覚え、政府も再度重い腰をあげるに至りました。

前回の反省を生かし、大学入試も巻き込む形で改革をするようにしました。

それが今回の教育改革2020です。

教育改革

教師の問題 授業の方法

これまで見てきたように、日本は一貫して集団に重きを置いた教育がなされてきました。

教師もそのような教育を受けてきた人たちです。

 

それを踏まえて、大きく2つの問題があると考えます。

1つは、教え方、授業方法について、もう1つは生徒の評価方法についてです。

 

1つ目、教え方や授業方法についてです。

教師も人間ですから、自分なりのスタイル、価値観があります。

伝統的な教育現場では、教師は指導者として教える、導く立場にあります。

 

教師がいかに良い授業をするか、いかに生徒を引きつけるか、そしていかに回答に導くかという視点で多くの教師が苦心してきたことと思います。

 

それを上手くできる先生に憧れ、自身もその姿を目指してきたのではないでしょうか。

 

しかし、今回の改革では生徒の自主性を重視します。正解の無い問を発し続けなければなりません。

 

安易に自分の価値観や自分が思う正解を口にするのは良くないでしょう。

授業後に、納得していない生徒の顔を見るのはストレスかもしれませんが、安易に教師の見解を言うべきではないでしょう。

 

教師が主役の授業ではなくなります。

教師の授業が主であれば、生徒は受け身になってしまうからです。

 

生徒に考えさせることで、自分で考えた主張や、自分が本当に好きなことを見つけ出せる力を育てる、つまり新しい自分を発見させるのは生徒自身で、教師の授業は主役ではありません。

 

何年もかかって磨いてきた授業のノウハウ、わかりやすい説明方法、生徒指導。

これらへの思いが強いほど、新しい教育への移行は困難でしょう。

 

また、教師と生徒の関係はよりフラットになることが考えられます。

「与える側と与えられる側」という関係ではないので、上下関係は以前ほど厳格なものではなくなります。

 

共に高め合える関係を築いてくださいと言われてベテラン教師はどう感じるでしょうか。

はっきり言って40代後半以降の教師は、変わるのは難しいと思います。

 

会社員をしていたときに感じたことですが、やはりこの年代以降の人は、考えが凝り固まっているうえに、大きな自尊心もお持ちです。

さらに自分に不利な改革となれば大きな抵抗が予想されます。

変えるのは簡単ではありません。

 

若い教師であっても、自身が受けた教育と違うことをするので戸惑いがあるでしょう。

慣れるまではかなり時間がかかると思いますので、ここは数年間、気長に待ってあげることが大切だと思います。

 

その間に、民間外部から様々な人を講師として招き、臨時授業をしてもらうというようなことも考えられます。

教師は公務員であり、旧式価値観の先鋒にいる人が多いと言わざるを得ません。

外部の識者を利用しない手はないでしょう。

 

海外の学校を経験した人や、海外の人と働いている人、時代の先端を行く技術を持った会社で働いている人などの体験談を聞かせることで生徒の発想力は刺激されます。

教師も刺激されるのではないかと思います。

学校間で先生の交流を増やし他の先生の授業風景や考え方を参考にする機会も増やすべきでしょう。

教師の問題 評価の方法

2つ目、生徒の評価方法についてです。

評価マニュアルみたいなものは当然あるとは思います。

 

思考コードというものがあり、思考レベルと問題難度を軸にした考え方ですが、全ての教師に共有されるようです。

事細かに、評価するべき行動や態度などが示されることでしょう。

 

しかし、その評価体制の受け入れを、教師が本当にできるかどうか疑問です。

 

多様性をどう評価するか、今の教師にすぐにやれと言うのは酷です。

先ほど同様、まだまだ時間がかかると思われます。

 

正解の無い問題では、教師の想像を大きく超える回答や言動も出てくることでしょう。

その回答を教師がどう処理できるかが問題です。

 

教育改革

空気を読めない回答や、突拍子もない回答を評価できる教師がいるかどうか疑問です。

当面の施策として、生徒の評価(通知表)は、高校、大学入試に考慮されるべきではないと考えます。

 

入試に関係すると思えば、教師の評価の傾向にあった回答を自然と探します。

教師が嫌うような回答は、思っても言わないでしょう。

 

結局、聞き分けの良い生徒、協調性のある生徒が評価されるのではないかと思います。従前と変わりません。

私が子供の頃は、高校受験では内申点が影響しました。

 

やる気や態度も評価されるため、授業で発言をし、出された宿題も一応はやる必要がありました。

内申点のためと考え、割り切ってやっていました。

教師の評価スキルが備わっていないうちは、完全に通知表と入試は隔離するべきだと思います。

まとめ

これまでの日本の教育を振り返ると、100年以上もの間、集団を重視する教育がなされてきました。

少し想像しただけでも、現場ですぐに新しい教育方針が浸透するとは思えません。

 

しかし、時間がかかってでもやるべきことですので辛抱強く取り組んでいく必要があります。

2020年以降、様々な軋轢や苦労があることが予想されます。

 

今の時代、厳しい時代だからこそ、親の世代の学校へのプレッシャーも強く、モンスター化している親も見えます。

学校単体ではなく、国をあげて変えていくことが肝要だと思います。

 

学校教育は教師が生徒に施すものではないという考え方は、日本の行き過ぎた上下関係や会社での無益な縦長組織を変えていくのに大変有効な施策だと思います。

 

明治維新の時とは少し異なりますが、時代の変わり目で日本は苦境に立たされている状況です。

失われた20年を社会人として過ごした人たちの多くは、もはや現況を変える意識は乏しいと言わざるを得ません。

それは企業でも学校でも同じです。

今こそ旧習を大きく変える時だと思います。

 

教育改革を形だけにしないためにも、変われる世代が変わっていくことが望まれます。

タッグを組むのは、旧い考えの年配者ではありません。

これからの世代を受け入れ、変えていく意識を少しでも持つことが大切だと考えます。

 

以上、ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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