田中角栄の凄さの源流、なぜこんな人物になれたのか

今でも人を惹きつける田中角栄

こんにちは!Jimmyです。

リーダーシリーズ、今回は田中角栄元総理をとりあげます。

 

歴代総理大臣の中でも、知名度はトップクラスです。

賛否両論あり、評価がわかれることも多いのですが、非常に人気の高い人であることは事実です。

 

田中角栄の出身は新潟県です。

私は、仕事の関係で、以前新潟に4年ほど勤務した経験があります。

 

縁もゆかりもない新潟で仕事をする中で気づいたことは、田中角栄人気がすごいということです。(若い世代ではそうではないかもしれませんが。)

 

仕事柄、多くの新潟の経営者の方とお話する機会がありましたが、田中角栄を尊敬しているという人は非常に多かった印象です。

驚いたのは、田中角栄の写真を携帯電話(当時はガラケー)の待ち受けにしている人もいたことです。

 

当時でも亡くなられてから20年ほどは経っていたと思いますが、それでもこれだけ名前があがるというのは他の総理大臣ではなかなか考えられないことです。

 

当時新人サラリーマンの私が知っていた田中角栄といえば、

昔、日本列島改造論を打ち出した人、

ロッキード事件で逮捕された人、

そして田中真紀子さんのお父さん、というくらいの知識しかありませんでした。

 

なぜ、ここまで人を惹きつけるのか、なぜ田中角栄は特別な存在なのか、純粋に興味が湧いてきたのでした。

ネットで検索してみたり、田中角栄に関する本を読んでみたりして調べてみました。

経歴は、今回の本筋ではないので簡単に振り返る程度に留めます。

 

経歴(簡単に)

幼少期

学歴は小卒(現在でいう中卒にあたると思います)、新潟の刈羽(現在の柏崎市)に生まれた田中角栄は、特に政治に関係するような家柄の育ちではないようです。

就職・土建業へ

高等小学校を卒業後、上京して土木建築の仕事に従事することになります。

仕事は順調にこなし、やがて独立、大きな仕事も舞い込むうになり、政治家を顧問に迎え入れるような企業に成長。

戦後・政界進出

途中、戦争のために徴兵され、満州へ就くも病気になり間も無く送還となります。

戦後、顧問の一人から勧められたことから、土木業界から政界へ進出を決意。

初めての選挙で落選するものの、2回目の挑戦で初当選。

政治家時代

官僚政治が主流の中、郵政大臣、大蔵大臣、通産大臣などを歴任し、

官僚出身者たちでは到底まとめきれないとされた難題を切り抜けるなど手腕を発揮、

1972年に総理大臣に就任。

 

功績(代表的なもの)

主な功績は、日中国交正常化と、日本列島改造論のもとで進められた改革でしょう。

日本列島改造論では、全国に道路と新幹線を巡らせる構想をぶち上げました。

人口の都市への集中、地域の過疎化をなくす目的で始まりました。

故郷の新潟はじめ、公共事業で潤う一方、選挙資金や政治献金を確保するために、地域や企業に便宜をはかることで批判されることもありました。

田中角栄 凄さ

胆力、人心掌握術とエピソード

ここからが本題です。

田中角栄がこれほど有名になり、人気があったのは、胆力と人心掌握術に優れていたからです。

エピソードは数えきれないほどあります。

以下に代表的なものを紹介します。

責任を自ら引き受ける

大蔵大臣に就任した時の就任演説。

小卒の田中角栄が、エリート集団を前で行った堂々たるスピーチは有名です。

明快で誰の印象にも残ると思います。

「東大にあらずんば・・・」の高級官僚たちから一気に一目を置かれる存在となりました。

私が田中角栄だ、小学校高等科卒業である。

諸君は日本中の秀才代表であり、財政金融の専門家ぞろいだ。

私は素人だが、トゲの多い門松をたくさんくぐってきて、いささか仕事のコツを知っている。

一緒に仕事をするには、互いによく知り合うことが大切だ。

われと思わん者は誰でも遠慮なく大臣室にきて欲しい。

なんでも言ってくれ。

上司の許可を取る必要はない。

できることはやる、できないことはやらない。

しかし、全ての責任はこの田中角栄が背負う。以上!

言ったことは100%実行する

決断が速く、企画力にも優れていた田中角栄は、政治家として在任中に、道路法の改正や、改革予算のための特別会計法の成立など、100を超える議員立法を成立させました。

これは今でも破られることのない記録だそうです。

やると言ったことは必ず実行する田中角栄の真骨頂であると言えるでしょう。

心配り

初当選議員の氏名から、家族の状況まで細かく記憶していたようです。

そして一人一人に対して名前で呼びかけ、時には、「来年お子さんは中学校か?」など家族の状況を聞いてみる。

聞かれた新人議員は、まさか自分のことをこれだけ知っていてくれたなんて!と感激します。

毎日、夜中に起きては、このような関係人物のことを必死に覚えて暗記していたようです。

正月には、訪問客にとどまらず、その運転手にまで年賀を渡すといった心配りも忘れません。

器の大きさ

党や派閥を超えて、相談に乗り、助けていたというエピソードもたくさんあります。

新人議員が美人局に引っかかって窮地にあり、解決のための資金100万円の支援を要請されたところ、すぐに快諾し、300万円を準備。

100万円は解決のために、100万円はこの件で迷惑をかけた人たちにご馳走するために、そしてもう100万円は今後何かあった時のためにという用途を説明し渡したとされています。

この他にも、知り合いの見舞金に500万円を包むなど、規格外の器の大きさを見せています。

お金と気遣いを存分に駆使し、人の心を掴んでいったのです。

伝説的男のルーツが知りたい

田中角栄 凄さ

任侠と田中角栄

多くの大物たちが田中角栄を賞賛しています。

中には政治の天才だと称する声もあります。

代表的なエピソードを上に書きましたが、他にも数えきれないほどあります。

 

人を惹きつける稀な存在であったことはよくわかりますが、どうしたらそんな人が世に輩出されるのか、なぜこんな人間像が出来上がるのか、私にとって、ここが最も知りたいポイントでした。

 

私は、その生い立ちに非常に興味を覚えました。

 

生まれ持っての能力という部分もあるのかもしれませんが、多くは、生まれてから育ち、学び、経験する過程で身につく能力のはずです。

 

そのため、田中角栄に限らず、興味を持った偉人の功績を見た後は、必ずどんな環境で育って、どんな考え方を持っていたのかを知りたくなるのです。

 

私が新潟を離れて何年も経ってから、向谷匡史さんの著書、「田中角栄の流儀」とういう本を発見しました。

以前、ヤクザ式の考え方に関する本(タイトルは忘れました)を読んだ記憶があったのですが、ヤクザ流の交渉術や考え方に関して多くの著書を出している方です。

 

「田中角栄の流儀」の中に、今まで疑問に思っていた田中角栄の生い立ちと、人間の軸ができるまでのヒントがありました。

全てをヤクザ流と関連づけるわけにもいきませんが、関係性は無視できないだろうと思います。

なるほど、と納得してしまいました。

 

田中角栄の胆力と人格の背景

田中角栄のキーワードは胆力と人心掌握術です。

もちろん生まれ持ったものもあるのでしょうが、それらが培われて、凄味を増すことになった背景には、ヤクザとの関わりが大きく影響していると言えそうです。

 

戦前戦後の日本社会は、ヤクザと企業、政治家との繋がりが当たり前のようにあった時代です。

GHQも、戦後の混乱期をまとめるために、ヤクザの力を利用していたほどです。

ヤクザの影響力は非常に大きかったのです。

 

上京して土建業に身を置いた田中角栄も、すぐにヤクザと接触することになります。

その後、ヤクザ社会の大物から多くのことを教わるようになります。

 

土建業で会社を大きくしていく過程、そして政治家となり、多くの策略家と渡り歩いていく中で、このヤクザの大物からの教えが大きく影響したと向谷氏の本には書いてあります。

 

ヤクザがおとしまえを要求するときの話の持っていき方、恩を売るときの考え方など、土建業時代も、政治家になってからも、多くの局面で、ヤクザ社会の流儀から学んでいると思われる行動が多いのです。

 

人に華を持たせることの意義について、親分からの教えは以下の通りです。

この人に尽くせば自分に華を持たせてくれる、自分は得をする、そう思う。

これが人間心理だ。人を動かす要諦は損得だ。

義理も人情も忠誠も、とどのつまりは損得につながっている。

これは是非ではなく、人間とはそうしたものであるということだ。

手柄は他人にくれてやり、責任は自分が取るという処し方に人はついてくる。

 

先ほどのスピーチやエピソードに通じる部分がありそうです。

 

あるときは、お金を渡すときは、恩を売るためにお金を「やる」という言い方をするのではなく、

「使ってやってください」という風に頭を下げて差し出すことで相手のプライドを傷つけないようにできるということも教わっています。

 

またあるときは、ヤクザの厳しい社会を投影するようにこんなことを教わっています。

人を裏切ることのない人間はノミやシラミと同じだ。

寄生して生きているからじゃ。

もし、そこに夢や意志があるなら、必ず結果として人を裏切ることになる。

これが人間社会の宿命というものだ。

この言葉で、田中角栄は、広川弘禅派から佐藤栄作派へと鞍替えすることを決意したと書かれています。

類稀なる胆力と人を惹きつける力、この背景には、土建業時代から叩き込まれたヤクザ流の技術が関係していることは間違いなさそうです。

 

最後に 強いリーダーの待望論

あるヤクザの親分が、田中角栄のことを、「ヤクザの親分そのまんま」だと評していたようです。

 

今日の社会では、当然反社会勢力との関わりを持つべきではありませんので、いくら田中角栄のような政治家の待望論があろうとも、今の時代では無理な話なのかもしれません。

 

当時の日本は混沌とした時代の中で、政治もGHQもヤクザ社会を必要とし受け入れました。

そして時代の変化とともに、表舞台で頼りにする必要性もなくなり、影響力はどんどん小さくなっていきました。

 

田中角栄も時代が必要とした人物です。

しかし田中角栄自身も、次第に金権政治への批判が大きくなり、人気も全国的に見れば衰えていくという道を辿りました。

 

今の時代も混沌の中にいると言ってよいでしょう。

そして今になってまた、田中角栄待望論が一部で巻き起こっているようです。

 

混沌の時代に活躍するような人はどんな人なのか、時代に必要とされているのはどんなことなのか、ヤクザ式ではないにせよ、凄まじい胆力とリーダーシップのある人間が望まれていることは間違いなさそうです。

 

参考図書

田中角栄の政治家としての功績のみならず、いかにして人物が作りあげられたか、土建業時代に知り合ったヤクザの親分からの教えなどを中心に、背景を知ることができる本です。

 

以上、ここまで読んでいただいてありがとうございました。

あわせて読みたい

こんにちは!Jimmyです。リーダーシップとは何か、古今東西様々なリーダーシップ論や、過去・現代の素晴らしいリーダーに関する書籍などをもとに研究し、自分の拙い実体験も踏まえて長年考えてきました。 今回、難し[…]

リーダーシップとは
あわせて読みたい

壮絶人生、救国の元大統領シャルル・ド・ゴールとはこんにちは!Jimmyです。真のリーダーとは何か?必要な資質とは何か?これらを考える上で、歴史上の人物、偉人から学ぶことは大変有効です。 […]

リーダーとは
あわせて読みたい

上杉鷹山の名言と、生きた時代背景こんにちは!Jimmyです。リーダーシリーズ、今回は江戸時代の米沢藩の名主である上杉鷹山(うえすぎ ようざん)を紹介します。 上杉鷹山の凄さを現代人で例えることは難しいの[…]

上杉鷹山 名言

 

LINE公式アカウントを設定しました!

今後こちらからの発信も計画しています。よろしければ友だち追加をお願いします!

友だち追加

 

今後のためのアンケートにご協力ください

 

いつもProject Jをご覧いただきありがとうございます。Jimmyです。

今後、より良い求められる記事を書くために、以下のアンケートにご協力をお願い致します。

また、別途オンラインサロンを企画しています。興味のある内容、こんなサロンがあったらおもしろそうだと思うものがあればチェック、もしくはご記入いただけますと幸いです。

 

ご協力いただきありがとうございます!!

田中角栄 凄さ
最新情報をチェックしよう!