こんにちは!Jimmyです。
「最近運が悪い」、「不運としか言いようがない」
と思うようなことがありませんか?
生きていれば色々なことが起きますが、起きたことに対してどう考えるかは人によって様々です。
少なくとも、自分の不運を嘆く、憤ることは、できれば避けたい反応です。
マイナスの気分にとらわれていてもよいことは何もありません。
よく言われるのは、心の持ち方次第だということです。
それはわかっているけれど、、、
ではどう考えればよいのか。
悪いところがあれば反省して改める必要がある。
でも、細かいことでクヨクヨしているのもよくない。
とにかく早く前を向きたい、ポジティブでいたい。
状況によっては、反省が必要なケースもあれば、気にしない方がよいケースもあるでしょう。
つまり、運が悪いと感じる時というのは、状況も様々であり、都度、適した考え方を選ぶ必要があります。
そういうわけで、今回は、
知っておくと良い、運が悪いと感じた時の考え方を6つ紹介します。
日頃の行いがよくないのかな・・
代表的な、因果応報の考え方に基づいた発想です。
日本人には、古くからこの考え方が浸透しています。
お天道様は見ている、バチが当たったという言い方もします。
不運に見舞われたのは、日頃の行いがよくないから。
不運を大局的な流れの結果として捉えます。
だから、日頃の善行をもっと心がけなければならないという戒めの気持ちになるものです。
この考え方がわりと一般的になっているためか、
人が見ていないところでも、悪いことをしない日本人は今でもたくさんいます。
落とした財布が届けられ、無人の野菜販売所が機能している国などはそうそうないでしょう。
基本的な善行、正しい行いを志すのに大変有効な考え方です。
この考え方の長所と短所は以下のようになります。
道徳的な正しさを見直し、高めるために有効。
短所
思い切ったこと、奇抜な発想ができにくくなる。
自分が引き寄せた結果である
これも、因果応報の考え方に則しています。
先ほどと違う点は、より具体的に原因を考えるということです。
最近、関わる人によくない人が多い、裏切られた、騙された。
このような場合、ただ「ついていない」と考えるのではなく、因果応報に基づけば、自分が引き寄せているという考えをします。
自分の何がいけなかったのか、具体的に行動を振り返ります。
例えば、上記のような騙された、裏切られたという不運に見舞われた場合。
自分自身が、金儲けに走っていた、ずるいことをしていたと考えることもできるかもしれません。
何かに失敗した場合は、単に自分の努力不足であるということもあるでしょう。
特に、必ず改善する必要がある場合、重要性が高いような場合、しっかり考えてみることが重要です。
具体的で重要性が高い問題の局面打開に役立つ。
短所
思考に時間を要する。
自分ではどうしようもないこと
ジタバタせずに、受け入れるということです。
どちらかというと運命論的な考え方に基づいています。
すでに決まっていたことなのだから、あるいは自分ではどうしようもないことなのだから、
受け入れるしかないと考えてしまえば、それ以上多くを悩む必要はありません。
何かしらの試練だ、意味あってこうなっているのだろうと考えることもできるでしょう。
どうしても、理解に苦しむようなこと、説明がつかないようなことは、このように考えてしまうのも、早く前を向くための一つの方法であると思います。
受け入れる、大きく構えることができる。すぐに前を向く。
短所
努力を否定しかねない。無気力の危険性も。
幸運の始まりだと考える
こちらは、運命論的な考え方と因果応報的な考え方が少しずつ影響しているように思います。
不運があれば幸運もある。
必ず、波のように運勢にもサイクルがあるということです。
人生楽あれば苦あり、苦あれば楽ありの考え方です。
古くから親しまれている六星、九星に基づいた運勢占いなどでも、必ず波があります。
おみくじを引いても、大吉であれば、気をつけないと凶になっていくという戒めがあり、
凶を引けば、年後半には運が開けていくという類のことが書いてあるでしょう。
不運なことが起これば、それは幸運が近づいているということだと考えることができます。
また、業(ごう)が消えたという考え方もできます。
不運、困難が訪れたことで、それまでに自分の中に重ねられてきた業が消えると考えます。
稲盛和夫さんは、京セラが当時、思わぬ苦難に直面したときに、禅宗の師匠からこのように教えられたそうです。
「世間に叩かれたくらいで業が消えたのだから、むしろお祝いしなければなりませんね」と言われてスッと心が晴れたという話を著書に書いておられます。
次に待っているのは幸運であると前向きに考えることができる。
短所
幸運に恵まれれば不幸の始まりと考えることにもなる。
これくらいで済んでよかった
古今東西、偉人の言葉などを見ていると、
この考え方をしている人が少なくないことに気づきます。
不運に直面したときは、「これくらいで済んでよかった」と思うという発想です。
もっとひどい状況になっていてもおかしくなかった。
場合によっては命がなくなっていてもおかしくなかった。
それでも、これくらいで済んだのだから御の字であると考えることです。
不運に見舞われたのに、反対に幸運であったかのように思うことができます。
感謝の気持ちも出てくることでしょう。
日本人でも、スポーツ選手や有名人、経営者など、この考え方をしている成功者は多く見られます。
二度の世界大戦と戦後の冷戦に対峙した、イギリスの元首相、ウィンストン・チャーチルも著書で同じような発言をしています。
若くして騎兵隊に入隊するも、脱臼癖があったため苦労したことを振り返っています。
一方で、脱臼癖のおかげで、最前線で剣を振り回す危険な任務につくことはなかった、
脱臼癖がなければ、命を落としていたかもしれないと言っています。
とにかく、若い頃から、何度も戦場を経験し、狙撃されたり、捕虜になって脱走したり、九死に一生を得るような経験をしてきたチャーチルです。
このような考え方を持っていたからこそ、絶望的な命の危機を抜け出す力や気力が湧いてきたのではないかと思います。
不運を幸運にとらえ直すことができ、感謝もできる。
短所
楽観的になりすぎれば、原因を分析する機会を逃すことも。
過ぎたことはクヨクヨしない
これは、因果応報でも、運命論にも基づきません。
とにかく終わったことに焦点を当てても仕方ない。
前を向いて、今できることを全力でやることを意識する考え方です。
過ぎたことを振り払い、半ば強制的に元気を出させようとするときに、第三者から言われそうな言葉でもあります。
過去は戻ってこないこと、やり直せないことは誰でも知っていますが、
よほど気持ちが強くないと、大きな不運の局面ではできない考え方でもあります。
今に最大限集中する意識を持つことができる。
短所
理屈や道理に基づかないため、気持ちが強くないと続かない。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
とにかく、「運が悪い」、「ついていない」、「何でこんなに悪いことが起きてしまったのか」と思ったとき、
長い時間、嘆く、怒ることをしていてもプラスになることはありません。
いち早く切り替えること、もしくは反省点を導き出して改善することが必要であり有効です。
考え方次第で、不運に見舞われたときの気分や次に取りうる行動も大きく変わります。
マイナスの気持ち、行動にならないための考え方を、それぞれの状況に合わせて取り入れることで、
運が悪いことを嘆くことも減らすことができるのではないかと思います。
今回紹介した、持つべき考え方です。
①日頃の行いが悪かったのかな・・
②全て自分が引き寄せたもの
③自分ではどうしようもない
④幸運の始まりと考える
⑤これくらいで済んでよかった
⑥過ぎたことをクヨクヨしない
心の持ち方次第で人生は大きく変わります。
どういう心持でいるべきか、関連する記事を書いておりますので興味のある方は以下も参考にしてみてください。
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