周りと同じという安心感
こんにちは!Jimmyです。
周りと違うことに対して不安を感じ、周りと同じことに安心感を覚えることは誰にでもあることかと思います。
人は、社会構造の影響を大きく受けると言われています。
社会という集団の中で生きていくためには、社会のルールや流れのようなものに、ある程度合わせる必要があります。
合わせることで、安心で快適な生活を営むことができるという側面も当然にしてあります。
ある分野においては個性的、独創的な人でも、日常のあらゆることにおいて独創性を求めているわけではありません。
個性的なファッションが好きな人でも、仕事のイベントに行くときであれば、周りに合わせた服装を選ぶでしょう。
ルール、作法の上では間違っていないとわかっていても、自分だけがネクタイをしていなかったら居心地が悪いものです。
逆に、案内状にはネクタイ着用と書いてあっても、周りの出席者のほとんどがネクタイをしていなければ、それを見て安心することでしょう。
特に、慣れていないこと、よくわからないことであれば、周りを見て行動を考えます。
同じようにしよう、同じことをしていればとりあえず安心という気持ちになりやすいものです。
それは、個々の行動様式にとどまらず、仕事の仕方(働き方)や、保険のかけ方、休みのとり方など、人生のあらゆる場面で作用します。
若いときからその傾向はあります。
受験から就職活動まで、周りと同じように自分もしなければと考えていた人は少なくないと思います。
社会構造の影響を大いに受ける私たちにとって、当然の反応と言ってよいでしょう。
他人と違う人間でありたいと願う気持ち
周りと同じことをする安心がある一方、ある一部分においては、全く逆の願望が顔を出します。
すなわち、他人と違う人間でありたいという気持ちです。
安心だけでは得られない、優越感のような幸福感を求める気持ちがあるということです。
空港の混雑したチェックイン窓口や搭乗口で、並んでいる人を横目に、優先チェックインなどで一人らくらく通過するときというのは、つつましやかな人でも、やはり清々しい気持ちになるはずです。
ポイントがたまり、アップグレードするなどして、ビジネスクラスの席を予約したときなどは、このような扱いを受けることができます。
このように、仕組みなどについて勝手知ったることについては、人は他人と同じではなく、より優位に立ちたいと考えるものです。
だからこそ、競争が生まれ、集団内において、お互いに切磋琢磨するという状況が発生します。
(良い意味で)特別扱いしてもらったとき、
スポーツなどの試合で勝ったとき、
その他様々なコンペティションで受賞したときなどは、大きな喜びや達成感がもたらされます。
このような幸福感の類は、周りと同じという安心感とは違った感情です。
そのため、基本的には社会規範や周りの流れ、空気に合わせつつも、ここぞという分野で周りと違うことをすることで、自分の価値を認識し、満足感を覚えていると言えます。
周りと違うことをする難しさ
ここぞという分野を見つけて、周りと思いっきり違うことができる人の中から、いわゆる成功者は生まれます。
リスクを取って、誰も挑戦してこなかったことに着目した起業家、
周りの何倍もの努力と時間を費やし、成果を出したスポーツ選手などは典型です。
だんとつの成功者と言わないまでも、頭一つリードしていく人というのは、周りと違う行動や思考を取り入れています。
もしくは、時間を費やして、人一倍努力することを決めています。
しかし、先ほども述べた通り、わからないこと、知らないこと、難しいこと、
つまり、恐怖や不安が先に立つことについては、周りと同じでよしとする傾向があります。
甘んじると言ったほうがよいかもしれません。
もしかしたら、多くの人にとってサラリーマンという働き方も、甘んじることの一つの事例と言ってよいかもしれません。
周りと同じという安心を取って、周りと違うことによる幸福を一つ諦めるようなイメージです。
先日、ある漫画が話題になっていました。
月曜朝、起きた瞬間のサラリーマンの心境を、一言で見事に表されていました。
まだ出社前で家にいるのに「帰りたい!!」という思い。
率直な心境が描かれていましたが、大いに共感が集まったようです。
私も以前、まったく同じように思いながら、毎朝を迎えていたことがありましたので、目に留まりました。
これほど嫌で嫌でしかたないのに、その環境を変えようとなかなか動けないのは、周りと違うことをする恐怖が少なからずあったことを思い出します。
ネットでは・・
周りと違うことをしたい、違う自分でありたいと思う気持ちがあっても、不確定な世の中にあり、なかなか動けない、思ったとおりの言動ができないという人は少なくないと感じます。
ネットでは、匿名ということで、様々な意見や他人を攻撃するような激しい言論も珍しくありません。
そのような激しめの言論は、普段対面で接している人からは、あまり聞かないと思います。
それは、たまたま自分の周りの人は良識があり、毒のある人がいないからでしょうか。
おそらく、そんなことはありません。
普段言えずに、行動できずに、その分ストレスを溜め込んでいる人は非常に多いということかと思います。
違いを示したいのに、不安など何かしらの原因により、示すことができない状態にある人が多いのではないでしょうか。
違うからこその幸福
周りと同じという安心感も大切ですが、周りと違うことからくる幸福感も無視できません。
しかし、周りと違うことをするのは簡単ではありません。
難しいからこそ、意識的に周りと違うことをする計画を立てる必要があります。
考えてみると、狙っていなくても、普段から他人と異なること、周りと違う状況にあることについて、一つや二つ発見できるはずです。
境遇や背景はもとより、得意不得意、好き嫌い、考え方や着眼点などなど、探っていけばいくらでもあります。
周りが言う意見と明らかに違うと感じることがあれば、それを大事に突き詰めて考えてみる、
他人に批判の目を向けるのではなく、自分に目を向ける時間を増やします。
そこに、自分らしさ、自分の価値観、すなわち幸福感の源泉があるのではないでしょうか。
結果的に、様々な競争もあるかもしれません、悔しい思いもすることもあるでしょう。
それでも、幸福の感覚は人によって違います。
周りと違うことを肯定的に、前向きに捉え、違う人生を楽しむ姿勢が大切です。
自分の中で、周りと違うことを堂々としていることに気づけば、周りの人に対して、批判的な思考も自然と少なくなるように思います。
違うことによる幸福感をぜひとも大切にしたいものです。
以上、ここまで読んでいただきありがとうございました。
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