『燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや』故事成語だけど今こそ必要な考え方

故事成語「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」の意味

こんにちは!Jimmyです。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」とは史記に出てくる故事成語です。

2000年以上前の言葉ですが、今になってその重要性が高まっていると思います。

今一度高い志と広い視野を持つことの大切さを考えます。

 

原文・意味と使われ方

この故事成語は、史記の陳渉世家にあります。

史記は、前漢の時代に、司馬遷によりまとめられた歴史書です。

原文

燕雀安知鴻鵠之志哉

読み方

燕雀(えんじゃく)安(いずく)んぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや

意味

ツバメや雀(のような小さな鳥が)、白鳥(のような大きな鳥)の志がどうしてわかるだろうか、いやわからない。

 

大きな志や広い視野を持つことの重要性を説くときに使われる言葉です。

また、人から笑られても、簡単に諦めることなく高い志を持とうという意味もあります。

 

故事成語の由来

陳勝・呉広の乱という紀元前209年に起きた農民の反乱の首謀者陳勝の言葉です。

陳勝は、貧しい雇われ農民でした。

当時の秦王朝の悪政に対して反旗を翻し、これに呼応した農民たちが反乱を起こしたのが陳勝・呉広の乱です。

 

そんな陳勝が、あるとき仲間から嘲笑されたことに対して言った言葉が、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」です。

貧しい農民の身分で、大きな志を語るものですからバカにされたのです。

そこで陳勝は、このように自分を大きな鳥に、仲間たちを小さな鳥に例えてつぶやいたとされています。

 

陳勝・呉広の乱は、他の農民の決起を促し、瞬く間に大きな広がりを見せます。

陳勝は一時王位につき「張楚」という国号としました。

結果としては、内紛などもあり反乱は鎮められてしまいますが、後の劉邦や項羽といった重要人物の挙兵のきっかけとなった重要な出来事とされています。

 

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燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや

もはや普通はない!「普通でいい」は通用しない時代

日本では、どちらかと言うと自分の力量をわきまえず、大きな志や野望を語ることに対して悲観的な見方をする人が多いのではないでしょうか。

世間と調和すること、分をわきまえることなどが重要とされることが多く、多くの人が「普通が一番」と感じるようになったのではないかと思います。

 

しかし、今の時代、「普通」という概念が少しずつ変わりつつあります。

以前で言えば、普通とは次のような人のことを指すのが共通認識でしょう。

  • 中流階級(一億総中流社会)
  • 真面目に会社勤めをして定年まで働く
  • 贅沢しなければ、不自由なく生活していけるレベル

 

確かに、これが達成できるのであれば、普通が一番だという主張も納得できます。

日本では「出る杭は打たれる」という言葉もある通り、目立つと面倒も増える可能性があります。

スズメのように低空飛行で視野が狭くても(任された仕事、言われたことを真面目に取り組んでさえいれば)問題なく生活し、家族も養っていけた時代です。

 

しかし、この「普通」の概念は通用しなくなろうとしています。

そもそも、一億総中流という図式はすでに崩壊しかけています。

所得格差、貧富の差は拡大を続けています。

 

終身雇用もあてにならず、経済成長も以前のような高い水準はもう望めません。

技術の進化に加えて、価値観、生き方も多様化している、変化の激しい大変な時代に生きているのが私たちです。

言ってみれば、経済的な大変化と文化的な大変化が同時に起きようとしている状況です。

 

それを認識すれば、普通が一番などという発想が危険であることがわかると思います。

「普通の生活、人並みでいい」という概念はもはや無いものと考えるべきでしょう。

 

特に大事なのは視野を広げること!

志を持たず、視野も狭い状況で思考停止状態になっていれば苦しくなる時代です。

視野が狭く、過去の「普通の人生」という価値観しか見えていない状態では、変化についていくことはできません。

 

ひたすら努力すれば成果がでる時代、政府がなんとかしてくれる時代ではないということを認識するべきでしょう。

そして視野を広げることが必要です。

視野を広げれば、考えることができるようになります。

周りを見渡せば、世の中の変化をはっきりと認識できます。

 

能力や知見の問題ではなく、目をそらさずに見ることができるかが重要です。

画一的で、これが正解という生き方はもはや存在しないことに気づくでしょう。

その代わり、色々な生き方、働き方の可能性が広がっていることもわかります。

 

白鳥のように大きく羽ばたき、広い視野で物事を見ることが以前よりも重要なのは間違いありません。

それができないと、幸せな人生、自分の人生を送ることすらできなくなります。

 

視野が狭ければ、貧しい雇われ農民のままで変わリません。

貧しい農民ではなく、以前の「普通」の概念が生きていればそれでもよかったでしょう。

しかし、これからの時代、考えずに流されていると、本当に貧しい農民と同じようになってしまうかもしれません。

 

私が言う「貧しい」とは、生活レベルも含みますが、それよりも、精神的な貧しさ、人格的な貧しさを危惧しています。

視野が広げられない、変化の時代を前にしても旧態依然とした考え方、価値観にとらわれていると、心が貧しくなります。

どういうことか、次に書いていきます。

 

幸福な人生のために個人で考える時代!視野を広く、志を高く

先ほど、経済的な大変化と文化的な大変化が同時に起こっていると説明しました。

背景にあるのは、資本主義のほころびであり、科学技術の爆発的な進化です。

ここでは詳しく解説しませんが、これからの時代、一層個人として考える時代になっていくことは確実です。

広い視野を持って考えなければ、幸福感を感じられず、心も貧しくなります。

以下に変化の例を示します。

 

統一的な価値観から多様な価値観へ

端的に言って、これまでの数十年間に、日本では拝金主義が蔓延しました。

資本主義の世の中ですからある意味当たり前なのですが、お金を稼いで、生活物資を買う。

それが豊かさの象徴でした。

 

誰もが、一生懸命に働き、厳しい環境でも耐え抜くことで、給料が上がって豊かになりました。

家を買ったり、車を買ったりすることができました。

それが、一般的に幸せと認識されていました。

おまけに、みんな同じようなテレビ番組を見て、同じような音楽を聞いて、同じような物を買っていたわけです。

非常に似通った価値観が形成されていたということです。

 

しかし、その幸せのあり方は変化しています。

まず、物質的に満たされることで得られる幸福感は確実に減退しています。

物に溢れた世の中になったため当然の結果です。

 

さらに、一生懸命に働いても、生活は豊かになりません。

それどころか、会社が無くなることも、解雇されてしまうこともある世の中です。

 

もはや以前の日本のような統一的な価値観にしがみつくことはできなくなっています。

すでに、以前よりも多様な生き方や考え方が広がっていることは認識できるでしょう。

働き方も生活の仕様も、ライフスタイル全般も多様な価値観が広がっています。

 

視野を広く持ち、そのような多様性を認識し受け入れること、自分で切り開くことが必須なのです。

そうしないと、自分の幸福感を見つけられません。

統一的で「与えられた」幸福感の概念は、多様化し「自分で意味づけする」幸福感へと変わっているのです。

他人がどうしているかよりも、自分としての幸福感をしっかりと見つけていくことが重要です。

 

指示待ち人間から創造的な人間へ

物が溢れた時代という書き方をしましたが、つまり大量生産を目指せばいい時代ではなくなったということです。

大量生産時代の真骨頂といえば、日本企業を代表する一糸乱れぬ連携作業です。

決められたことを、ある意味ロボットのようにこなすことが求められました。

工場であれば、一心不乱に物を作り、営業であれば、とにかく考えるよりも足で稼ぐという概念がぴったり当てはまります。

 

しかし、時代は変わり、様々な価値観に対応した創造的な人間、さらに言えば、イノベーションを牽引できるような人間が必要になっているのが現代です。

単純作業はAIによって取って代わられると言われるようになってずいぶん経ちますが、それでも以前のような指示待ち人間でいる人も少なくありません。

もはや、指示を待っていたら、対応できないことだらけです。

 

自分の考えを持って、主体的に動いていくこと、創造性を発揮することが必要な時代、言われたことに従っているだけでは行き詰まり、幸福感も得られなくなる可能性が高いでしょう。

 

わかる時代からわからない時代へ

これが正解と言える生き方は存在しません。

以前もありませんでしたが、多くの人がサラリーマンとして、40年ほど勤続し、その間に結婚して、子供ができて家を買い、世間に恥ずかしくない教育を受けさせ、老後を迎えるという大多数の生き方という示された道が一応はありました。

 

これを拠り所に生きている人が多かったので、視野を広く持つことなく過ごしていた人も多かったのですが、これからはそういうわけにはいきません。

 

大変化の時代は、何が起こるかわかりません。

当然、視野を広く持って、主体的に考えることが必要です。

雀のように家屋の二階くらいの高さで眺めているよりも、白鳥のように高いところから物事を見渡し、考えることがどうしても必要になってきます。

 

そこに面白さがあることも事実です。

わかりきった、変化の起こりにくい世の中よりも、自分の主体性や創造性を発揮して活躍できる世の中を楽しもうとする気概と大きな志を持っていきた方が幸せなのがこれからの時代と言えるでしょう。

 

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まとめ

高校生の時に習って以来ずっと頭に残っていた、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」という故事成語ですが、今の時代になって、より必要な考え方になっていると感じます。

 

特にこれまでの時代は、価値基準が統一化され、幸せの基準まで自分で考えることなく、まさに「与えられた価値観」の中で生きる人が多かったと言えます。

それでも、それに従って生きていれば満足できた部分もあった時代であることも確かです。

視野を広く志も高く持たずとも、つまり雀のように、低空飛行のままでもよかった時代です。

 

しかし今の時代、そのような受け身の姿勢では幸福感を得られるかどうかは疑問です。

大それたこと、誰もが思いつかないようなすごいことを考える必要があるという意味ではありません。

 

変化の時代、視野を広く持ち、自分の生き方を選択すること。

さらにそんな激動の時代を楽しむためにも、自分の志を高く持つことが幸福感を持って生きるためには必要なことであるのではないでしょうか。

 

以上、ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

 

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