【温故知新】今こそ必要な考え方である理由

温故知新

こんにちは!Jimmyです。

今回のテーマは「温故知新」です。

このような意味になります。

【温故知新】

前に学んだことや昔の事柄をもう一度調べたり考えたりして、新たな道理や知識を見い出し自分のものとすること。 (goo辞書より

もともとは、論語にある一節から来ています。

学生時代に学んで知っている人も多いかもしれません。

(書き下し文)子曰く、故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る、以って師と為るべし。(論語より)
(意味)孔子先生曰く、「古くからの教えを習得して、そこから新しい知識や見解を得ることができれば、師(先生)となることができる。」と。

旧識を疑うべき時代に温故知新

時代に合わないやり方も多数

今の時代、昔のやり方が通用しないこと、新たな方法や考え方が必要な場面も多くなっています。

当ブログでも、私たちは変化の時代にあり、自ら変わっていくことの重要性について、これまで幾度も書いています。

そんな流れにおいて、温故知新という考え方は、一見時代遅れのように感じるかもしれません。

 

しかし、今の時代だからこそ、この考え方が必要であると言えます。

「旧識を疑う、新たな時代を創出する、常識を打ち破る」

このような風潮が強くなると、昔からある失ってはならないものも、一緒くたに捨て去られてしまう危険性も増します。

 

この取捨選択は難しく、確固たる正解もありませんが、新しいものが次々と生み出される世の中だからこそ、バランスが崩れやすくなります。

つまり、以前にも増して、古いものを軽視し、新しいものに偏った考え方になりやすいということです。

大切なのは、軽視して捨て去るのではなく、まさに故きを温ねる視点です。

 

年配の方から得られる気づき

少し例をあげて考えます。

多くの組織において、効率性を追い求め、複雑な時代を生き抜く力が求められていることは確かです。

デジタル化の波は必要なことであると言えますし、環境への取り組みも欠かすことができません。

また、業務効率化については、もはやどの組織でも強調されていることでしょう。

 

そのような視点を踏まえて、年配の方が多いコミュニティに行くと、改善すべきと思われることは多く発見できます。

私が所属しているあるコミュニティも、平均年齢は高く、60代、70代の方も大変多くいらっしゃいます。

特に気になるのが、何でも紙ベースでやりとりすることでしょうか。

毎回、多くの印刷物があり、それを配布しているのですが、不要と思われるケースがほとんどです。

効率という観点から見ても、コロナが一旦収まれば、すぐにリアルの場で集まることになるのですが、準備や進め方については、非効率に思える部分も目立ちます。

このような観点から考えれば、かなり時代遅れのコミュニティと言えます。

 

一方、ここで学んだことも大変多くあります。

学んだと言っても、全く新しいことではありません。

例えば「手紙」の大切さです。

メールやメッセージアプリ、SNS等を多用することが当たり前の中、手紙という選択肢を勧められたことがありました。

関係性が難しい状況にあったのですが、手紙を書くというアドバイスを受け、やってみると、思いもしなかった反応が相手から返ってくるものです。

わざわざ、紙と筆記用具を準備し、時間をかけて一文字ずつ手書きするため、自然と相手にも思いが伝わりやすくなるのでしょう。

今の時代、昔よりも手紙のインパクトは大きく、価値も高まっているのかもしれません。

ある意味新しい発想なのです。

 

その他、先祖への感謝、お墓参りに行くことの大切さなどは、頭ではわかっているつもりでも、改めて教えられることではっとすることもありました。

 

このようなことから、このコミュニティにおいては、無駄だと思えることであっても、何か意味があるのではないかと考えることが増えました。

もちろん、それでも無駄だと思えることもあるのですが、温故知新の絶好の場であると私は思っています。

 

当たり前に昔からあることではありますが、私としては、新しいことを覚えたような感覚です。

認識はしていたものの、それの重要性を知らなかった、考えなかったということは非常に多いことに気づきます。

古臭いコミュニティだと一刀両断していては、大事なことに気づかなかったでしょう。

 

ある世代の人にとって当たり前のこと、古い考えも、違う世代の人には、新しいと感じられることも珍しくありません。

そういう意味では、新しいも古いも、表裏一体であるとも言えるわけです。

旧識を疑うのは旧識を知っているから

技術が進化しても変わることがない、普遍的な価値というのは必ず存在します。

人間の本質が、技術によって変わるわけではないため当たり前のことなのですが、変化の時代では置き去りにされやすいことも多いでしょう。

先程の手紙の例もそうですが、自分のために手間ひまかけてくれたことに、人は好感を持ってくれるというのは今も昔も変わりません。

 

古いことに目を向けないことと、古いことを疑うことは違います。

旧識を疑うことができるのは、旧識を知っているからです。

当たり前のように、年功序列体制の弊害を主張できるのは、実際にそのような組織を体験してきたからでしょう。

旧識を知って、考えるからこそ、本質的に不要なものであるかを判断でき、また新たな価値を発見する機会も生まれます。

 

知らずして、古いから捨てるという感覚でいることが最も危険な状態と言えるかもしれません。

人類が長い時間をかけて培ってきた普遍的に大切なことを、一気に捨て去ることにもなりかねないからです。

今の社会には、そのような危険性は多くの場所に潜んでいます。

 

新しい価値をもたらすためには、旧識を理解し、考えることが不可欠です。

新たな価値を生み出しているような組織のリーダーや成功者も、ほぼ例外なく、古いやり方も学び、よく理解しています。

様々な考え方が生まれては消えていきますが、結局残るのは、普遍的な価値に即したものが多いでしょう。

新しいことを考えるときには、必ず温故知新の概念を大切にしたいものです。

古いと思われていたことの中に、新しさを発見できることもあるかもしれません。

 

以上、ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

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