反骨心と悔しさを糧に努力した先にあるもの

反骨心と悔しさをバネに

こんにちは!Jimmyです。

褒められて伸びるタイプか、叱られて伸びるタイプか。

このような議論がなされることがありますが、人によって、やる気が出る方法も様々であると言われます。

 

多くの人にとって、叱られるよりは、褒められたほうが気持ちがよいものです。

私も、確実に褒められたいタイプです。

 

一方、私自身これまでを振り返り、単純にどちらが努力できたかを考えると、少し異なる感覚になります。

ここ一番の努力という意味では、反骨心に燃えていたときが思い出されます。

悔しいから見返したい、あっと言わせたい、そんな思いで努力していたということです。

自分の正しさを証明したいのと同時に、相手の間違いを証明したい気持ちも混ざっていたように思います。

 

この反骨心や見返したいという思いの推進力は、非常に大きいものがあります。

一代で成功を掴んだ経営者の方や、スポーツのスター選手などのエピソードでも、たびたびそのような思いによって努力してきた過去が描かれています。

肯定され、認められ、褒められ続けて、大きな成功を導いた人の方が少ないのではないでしょうか。

実際、そのような事例を私は聞いたことがありません。

 

ただし、その反骨心の先にあるものが、より重要であるように思います。

反骨心は、他のもの、もしくは他者を否定することが前提ですから、否定する対象がなくなれば終わります。

推進力がなくなるということです。

ずっと、他人を否定し続けるのも苦しいものです、それほど長くは続きません。

反骨心で切り開いた道の先に、何を見つけるかが重要であると言えます。

見返したいという思いの先にある変化の分かれ目

ことの大小を問わず、反骨心により努力できた経験のある人は少なくないはずです。

その一方で、ずっと反骨心を持ち続けているという人は、それほど多くはないように思います。

反骨心が弱まるタイミング、そのときの変化の分かれ目に注目します。

 

闘志みなぎる反骨心

悔しい思い、見返したいという思いによって、人は大いに燃えることができます。

他人から言われた言葉、受けてきた仕打ち、このようなことを思い出せば、怒りとともに闘志がみなぎるものです。

 

新しいことに対しては、批判的な見方や反対の声、ときにはバカにされるようなこともあるでしょう。

完全に新しいことではないにしても、周りと少し違ったことをすれば、それも批判の対象になり得ます。

世の中に新たな価値をもたらすような人、新奇性のある人にとって、反骨心を基にした躍進は、登竜門のよううな位置付けといってもよいかもしれません。

 

穏やかな気持ち

反骨心や悔しさを背景に努力してきて、ある程度目標が達成された段階になると、あることに気づきます。

反骨心の対象としていた人やものに対して、気持ちが穏やかになっているということです。

思い出すだけで、怒りがこみあげてきていたような人に対しても、ある程度目標が達成されると、穏やかな感情に変わっていくように思います。

 

確かに、相手を憎まない、否定しないことはよいことに変わりありませんが、闘志も消えていることに気づきます。

それどころか、その人がいたおかげで、ここまで努力することができたと、感謝の気持ちも芽生えることすらあります。

心地よい肯定感に満ちている状態であり、一見理想的です。

しかし、ここで止まってしまうと、推進力はなくなります。

 

よくある話ですが、少年時代は、周りの環境に不満を抱き、もっと自分には活躍できる素晴らしい環境が待っているのだと思って努力するというケースがあります。

私も田舎出身ということで、似たような思いを持っていた記憶があります。

それを糧に、受験勉強などの様々なステージにおいて努力を続けられたものです。

そして、いざ同じような思いや能力を持った人たちが大学なりに集まるわけですが、そこで反骨心が終了するというパターンです。

 

そこには、ある程度自分を満たしてくれる環境が広がり、居心地もよくなります。

そうなると、当時抱いていた、悔しい思いも過去のことになります。

次に向かうべき大きな目標を設定することが難しくなります。

「そこそこ満たされているから、そこそこでいいかな」という思いになりやすいものです。

ここが、大きな分かれ目になるように思います。

 

新たな肯定的な使命

反骨心を経験した後には、新たな使命感が必要です。

反骨心を背景に、努力したあとに達する心境を考えると、いつまでも反骨心を持っていることは難しいと言えます。

そこで、肯定的な使命感が、推進力を持つためにはどうしても必要になってきます。

 

社会貢献をしている多くの成功者も、当初から社会貢献が頭にあったわけではありません。

反骨心を持って、自分のために努力してきた先に、新たな肯定的な使命感を発見した結果、世のため人のためという気持ちを本気で持つことができるようになったということです。

否定的な反骨心から、肯定的な使命感への切り替え。

何度かこの繰り返しがあることも考えられます。

これに成功した人が、チャレンジをし続ける人生を歩んでいるように思います。

 

今は否定的なエネルギーをバネに燃えていている人も、肯定的な使命感の存在を意識しておくことが大切ではないでしょうか。

反骨心だけでは続かない、幸福感は、そのあとの肯定的な使命感の中からもたらされます。

自分の人生を幸福感を持って生きるために必要な、2つの相反する要素を紹介しました。

 

以上、ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

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