「お前の代わりはいくらでもいる」を受け入れてはならない理由

こんにちは!Jimmyです。

「お前の代わりはいくらでもいる」

所属している組織において、このように言われたことがある人、自分自身をそう思っている人はどれくらいいるでしょうか。

少なくない割合で、いるのではないかと思います。

しかし、人間である以上、代わりがいくらでもいると言われて、そのとおりだと納得している場合ではありません。

組織論とは別に、当然に、代わりのいない自分を目指していくべきです。

「お前の代わりはいくらでもいる」の真意

代わりがいなければ組織として失格

私自身、会社員時代に何人かの上司、先輩から言われたことがあります。

ただし、代わりはいくらでもいるのだから、私のことなどどうでもよいと言われているのではありません。

真意としてはこうなります。

「お前の代わりはいくらでもいる、俺の代わりもいくらでもいる、そうでないと組織としては失格。」

つまり、代えのきかないような職責、技能、行動はあるべきではないということです。

 

確かに、大きな組織で考えれば、あるポジションが空けば、人事部が玉突きをして、人を補充する必要があります。

個人の能力や特性に依拠するようなやり方をされていては、次に引き継げません。

サービスを受ける顧客にも、混乱を与えかねないということもあるでしょう。

 

「今までは、あの人だったからできたサービスです、いなくなったからできません」

と說明しても、納得してもらえるかどうかはわかりません。

安定したサービスを提供できない会社であるという評価をくだされることになりかねません。

 

平たく言えば、勝手なことはするなということになります。

組織として、人が大勢いる中で運営されることを考えれば、確かに合理的であり正当性もあります。

実際、当たり前のように、いくらでも代わりがいる人材を肯定する光景は至るところで見られます。

それが絶妙に、自信のない自らの正当化、慰めになっているのでしょう。

自分個人ではなく、組織全体という一段高い視点で考えているという、崇高な感覚になるからです。

 

個人としては残念な人である

しかし、それを言われる生身の一人の人間として考えればどうでしょうか。

卒直に考えて、感情的に気持ちが良いものではないでしょう。

 

わざわざ、いくらでも代わりがきくような人材であれと言われているわけです。

「よし、その通りだ!これからも前向きに努力しよう!」と思えるでしょうか。

 

もっと言えば、そのようなことを部下や後輩に言う人を、残念に思わないでしょうか。

その人たちのようになりたいと思えるでしょうか。

堂々と憚らず「俺の代わりはいくらでもいる!それでこその組織だ」と言う人。

このような人に魅力を感じることは、私はありませんでした。

代わりのいない人でありたいと思い続ける

代わりがいない存在こそ自然

組織として動く以上、自分独自のサービスや決め事を作って、それに固執していては機能しないのは確かです。

組織としては、代わりがきく範囲で、人を配置する必要があります。

組織論は組織論で不可欠です。

 

ただ、組織論だけで人がついてくることも、意欲が増進されることもありません。

一人の人間としてどうあるべきなのか、どうやって自分の人生を生きるのか、組織で動くにせよこの視点は必要です。

ここにこそ、人がついてくる人格や、意欲の源泉があります。

 

個人としては、代わりのいない唯一無二の存在を目指していくべきでしょう。

もともと、同じ人間はいないのですから、そう思うのが自然です。

機械ではありません。

 

幸福感はどちらがあるでしょうか。

自分が必死に繋いできた仕事を、代わりはいくらでもいる仕事とみなされ、事実、後任が当たり前のようにこなしている光景。

かたや、代わりはいないどころか、今後100年、こんな人は現れないと言われている光景。

後者のようになりたいのが当然ではないでしょうか。

 

そこまで極端ではないにせよ、「お前がいるから成り立っている」と言われたら嬉しいはずです。

人間は、自分にしかできないことをやるときにこそ、やりがいを感じるものです。

使命感も強くなることが多いでしょう。

(ときどき、過度な引き止めなどのマイナス要素もあるようですが・・)

 

自分の代わりはいくらでもいると認識することは、わざわざ自分の可能性とやる気を低く抑えることになります。

そのような行為を、自らしてしまっている人が多いように思えてなりません。

 

代わりがいない存在を実現する

いつかは、必ず代わりのきかない人物になるという思いを持っておくべきです。

当然、少しの努力で、代わりのきかない、唯一無二の存在になることはできません。

時間と労力は必要ですが、最初から諦めるのはもったいないことです。

 

諦めて、代わりはいくらでもいる世界に安住した先に、待っているものは何でしょうか。

少くとも、そこには創造性、先進性、躍動感はありません。

これからの時代こそ、このような要素が重大なカギになります。

受け身で仕事をすることの危険性が叫ばれて久しく、変化の時代と言われている昨今です。

代わりがいくらでもいる人であることは、安泰を意味しません。

 

組織として動きながらも、いかに代わりのいない人になれるか。

これを考えることで、変化や挑戦に対しても前向になれるのではないでしょうか。

 

特別な技術や力を手に入れることだけが正解ではありません。

考え方、思想、ここに光るものがあれば、他の人が真似できない強い行動指針を持つことができるでしょう。

だから、常に現在、過去から学び、考える習慣、当たり前を疑う習慣が大切です。

自ずと、代わりのいない人へと近づけるはずです。

普段から、自分の代わりはいないという意識で、唯一無二の自分を堂々と目指してみるのはいかがでしょうか。

 

以上、ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

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