諸子百家(孔子 老子 孟子 荀子他)を学ぶのが面白くなる思想と関係性

こんにちは!Jimmyです。

孔子や老子、孟子など、学生時代に習って知っている人が多いと思います。

儒教と言えば孔子です、論語は教科書にもありました。

性善説の孟子、性悪説は荀子、無為自然の老子など、断片的に覚えている人も多いでしょう。

 

しかし、それだけではもったいない、というかほぼ意味がありません。

2000年以上も前の思想が今でも読まれているということは、それだけ学びがあるからということになります。

 

重要なのは、各思想家の考え方と時代背景、そして思想家同士の関係性を知ると、学びがより面白くなり、考える幅も広がるということです。

 

今回は、代表的な諸子百家の思想をおさらいするだけではなく、それぞれの時代背景や関係性などを示します。

自分の生き方を考えるよいきっかけにもなると思います。

諸子百家とは?

諸子百家とは、中国の春秋戦国時代に現れた多くの思想家およびその学派の総称です。

春秋戦国時代は、紀元前770年から秦の始皇帝が中国を統一する紀元前221年までの時代を指します。

孔子、老子、荘子、孟子、荀子などが有名ですが、これ以外にも、様々な思想家がそれぞれの考え方を主張していたようです。

これだけ昔の時代のことなので、現在確認できる思想はその中のごく一部であると言われています。

 

以下が、代表的な学派と思想家になります。

学派代表的な人物特徴・主要となる考え方
儒家孔子、孟子、荀子徳治主義。道徳を重んじる。
道家老子、荘子自発的な営みを否定。「道」に従い「無為自然」に生きることを説く。哲学的で難解。
法家韓非子、商鞅、申不害法治主義。道徳による徳治主義ではなく、法と権力による厳格な政治を説いた。
縦横家蘇秦、張儀縦横家という名前の通り、全国各地を歩き回って、舌鋒鋭く政策を説いた人たち。政治評論家のような存在で、特に独自の思想があるわけではない。
名家恵施、公孫竜子論理学。概念と実態について研究。「白馬は馬にあらず」が有名。形という1つの概念でできた馬と、色と形の2つの概念からできた白馬はイコールではないとされる。
墨家墨子兼愛、博愛。すべてを平等に愛する。
兵家孫子、呉子孫子の兵法に代表される、軍事、戦術を研究。

 

この他に、陰陽家、農家、小説家、医家、雑家といった学派も存在したようです。

 

諸子百家の時代背景と関係性が面白い

上に示したような概略は、知っているという人も少なくないかもしれません。

それを知っているというだけでは意味がないと冒頭に述べました。(受験には必要だったかもしれません)

実際にそれぞれの書物には深い考えであったり、主張があります。

 

しかし、だからと言って、それらの書物を一冊ずつ読んでみようとはなかなか思えないものです。

老子などは特に難解だったりします。

 

そこで有効なのが、各思想家が生きた時代背景や関係性を俯瞰することです。

どんな時代背景があってこれらの思想が生まれたのか、

そしてそれぞれの思想家がどのような苦労をしながら人生を送って、お互いをどう評価したかなどを知ることが重要です。

 

思想家も当然人間ですから、その時代に理想と現実のギャップを感じ、

苦しみながら自分のあるべき姿を考えたことでしょう。

自分の主張に矛盾を感じることもあれば、受け入れられない虚しさを感じたこともあったでしょう。

 

「思想家」と呼ばれているわけですから、とことん考えてきた人たちです。

2000年を経ても学ばれているのは、時代は変わっても人間の本質は変わらないからです。

私たちが生きる現代の世の中においても、自分の人生や生き方に繋がる視点を得ることができると思います。

 

そういう意味で参考になったのが、渡辺精一氏著、「諸子百家」という本でした。

本書を参考にして、代表的な諸子百家の思想と時代背景、そして彼らの人生そのものについてこれから示していきます。

 

諸子百家の代表的な人物

諸子百家

孔子

紀元前552年〜紀元前479年に生きたご存知、儒教の開祖で、弟子たちとの問答集「論語」が有名です。

道徳による政治、徳治主義の源流であり、徳のある人が国を治めるべきだという考えに立っています。

 

孔子は周の時代に生きた人ですが、当時の周は弱体化しており、周りの諸侯は独立国家のように振る舞い、軍事力を高めて天下を狙っていました。

各地で争いが起こる乱世の世であったということがわかります。

 

そんな中で孔子は、徳による政治を理想に掲げて主張しました。

そのような政治を実現することが自分の天命であると認識していたようです。

 

しかし、そのような乱世の世の中では、富国強兵が最優先課題とされ、孔子の考えはなかなか受け入れられません。

当然孔子自身も、徳のある人物であると評されていますが、自分の理想が諸侯たちに認めてもらえず、旅先で会った人からも批判され、愚痴をこぼし嘆くこともあったようです。

 

5年間ほど、魯の国での政治を担当したこと以外は、ほとんど表舞台で活躍することなく、弟子を教育したり、各地を放浪したりする日々でした。

理想を追い求めながらも、孔子の主張はほぼ受け入れられることはありませんでしたが、弟子は70人以上いたとされ、その後孔子の教えをもとに様々な考えが展開されていくことになります。

 

また、天命という認識の通り、すべては天から与えられていると考えられていますが、古代ギリシャ哲学のように、物がどうできているか、どのように生まれたかなどを突き詰めて考えることはなかったようです。

 

老子

生きた時代は諸説あるようですが、孔子が老子に教えを求めたこともあるという記録があるので、同じ時代の人であると考えられます。

 

老子は、孔子と異なり万物の存在について考えを巡らせました。

天がすべてを与えているが、その前に天を作った得体の知れない存在があるというふうに考えました。

それが全ての始まりであり、その法則を「道」という言葉で表しています。

 

この「道」という概念は、言葉で正確に表すのは難しい概念であるため、若干難解な話に聞こえます。

何れにせよ、この「道」に抱かれる天地、そして天地に抱かれる人間という図式で、いかに人間が小さい存在であるか、

そんな小さな存在が考えをめぐらし、努力したところで意味はないと主張します。

 

道の法則に従い生きること、それが無為自然に生きることであるという考えが老子の思想の中心です。

自然に生きて、国家から必要とされれば、そこで活躍すればよいし、

必要ないものとされても出しゃばることはしない、

それが道に従うということです。

 

そして、道に従う人こそが楽しく生きていけると説いているわけです。

上善如水という言葉の通り、水は万物を潤し生命を維持させる一方、他と争うことなく、器に従って形を変えて、自らは下にとどまろうとする、これこそが道の心だと説いていますが、

どんな状態でも受け入れること、争いを起こさないことをよしとしています。

 

そのため、老子の思想も、当時受け入れられることはなく政治の大局を担うことはありませんでした。

また老子自身も、無為自然をよしとする立場にいるため、積極的に自分を売り込むこともしなかった(できなかった)ようです。

 

老子の主張する無為自然には、かなり無理があるとも言えます。

そもそも、みんなが無為自然になれば努力することもなく、犯罪などのよくないことも正当化されかねません。

 

それでも、今の世の中まで伝わっているということは、老子の思想に、考えさせられる要素があるからです。

 

民を締めつけると、人は自由を奪われどんどん貧しくなる。

文明の利器が多くなればなるほど国家は暗くなる。

法を押し付けるほど、それをかいくぐろうとする、ずる賢い人が増える。

 

だから無為自然に、純粋に生きていくのが良いとする老子の主張は、現代に生きる私たちも考えさせられるところがあるのではないでしょうか。

 

荘子

老子と同じく、道家の思想を持つ荘子です。

帰着するところは老子と同様なのですが、老子の言う、天地を作った存在、「万物の母」や「道」と言う概念すら無いとしているのが特徴です。

 

「胡蝶の夢」と言う説話が有名です。

今の自分が本当なのか、それとも夢の中で胡蝶になって飛んでいる自分が本当なのか、それは誰にもわからないという話です。

 

さらには、実際には「何もない」、すべてが夢であるとも言っています。

ただし、すべてか夢だからどうでも良いと言っているのではなく、人為的な人間の善悪基準もすべてない、優劣もない、つまり人間は平等であるべきと言っているとも考えられます。

 

人間が勝手に作った基準で判断しているにすぎない。

だから仁や義などと言って勝手な価値基準を主張するのは、世の中をかき乱すことになると孟子を批判しています。

 

結局、行き着くところは、老子と同じで無為自然になるのですが、荘子の方がより弱者への慰めの意味が強いと言えます。

考え方としては仏教に通ずる部分があり、救いの意味合いも大きいと考えられます。

 

荘子の時代は、孔子の頃よりも、さらに争いが激化し、各地で戦乱が繰り広げられる時代であったことがわかっています。

相手を制したり、駆け引きをしたり、それが人間本来の生き方なのかを問う、弱者にも受け入れられやすい思想であると言えるでしょう。

 

当然、このような思想の人ですから、国家に取り立てられて政治を担うということはありませんでした。

 

孟子

孟子の思想は、孔子と同じ儒家にあたります。

生きていた時代は違いますが、孔子の後継者として、世の中に徳治主義の教えを広めることを目指していました。

孔子や他の道家の思想家と違い、孟子は積極的に弁舌をふるいました。

 

孟子の思想の中心は、先ほど荘子が批判していた「仁」(思いやり)「義」(人の正しい道)です。

孟子の時代には、各地の争いが激化し、権謀術数を駆使して国を拡大させる戦略が求められていました。

 

孔子が主張するように、天命というものがあるとすれば、今まさに躍進している徳のない諸侯たちも天命によって地域を支配しているということになりかねません。

こうなると話がおかしくなってきます。

 

そこで、孟子はこう考えました。

この人たちは、覇者であるが、本当に国を統一する王者になるためには徳が必要なのだ、と。

今覇者として君臨している諸侯たちは、天命として覇者になっているのに変わりはないが、民の支持を得ないと天命もなくなってしまう、つまり天命も変わる、ということです。

 

暴政で民を苦しめた紂王や桀王が国を治めたのは天命ではない、天子ではないということになります。(放伐論)

こうすることで、徳治主義の正当性を保とうとしていると考えられます。

覇者は民を疲弊させるが、王者は徳をもって民に施すので、民は喜んでついてくるという主張を孟子は繰り広げました。

 

もう一つ、孟子といえば、性善説です。

覇者を王者に変えることができる前提は、人にはそう変われる資質が備わっているということです。

井戸に落ちそうになった子供を見れば、何を考えずとも助けるものだという例えをあげています。

 

人は両手両足のように、人をかわいそうだと思う心、不義を憎む心、謙虚な心、善悪を判断できる心が備わっていると孟子は考えました。

 

それは天の法則に基づいているもので、善が現れないのは他から悪い影響を受けたからであり、求めれば変わることができるという主張になります。

 

このように、時代の状況にあわせて、実態と乖離しない主張を繰り広げようとしたわけですが、孟子が諸侯から受け入れられることはありませんでした。

各国ではいかに知略を用いて戦争に勝利するかという課題が第一とされており、民に施しているうちに敵から攻められて終わりだと考える諸侯がほとんどであったということです。

 

荀子

荀子も孔子の学統で儒家にあたります。

孟子とは系統が違い、主張するところも異なります。(生きた時代は孟子よりも数十年ほど後で戦国時代末期にあたります。)

 

乱世の世を見る中で、どこに人間の善の本質が備わっているのかと考えるのはある意味自然な流れなのかもしれません。

孟子とは反対の性悪説を主張します。

放っておけば、人は自分勝手に悪いことをするものだから、教育する必要があるという考えです。

生まれたばかりの人間は、礼(社会規範)を知るはずもなく、教育することで礼治政治を実現しようというものです。

 

さらに、荀子の考えは、これまでの儒家たちの天命や天の考え方と異なります。

天は確かに万物を創造するが、それをうまく治める、整理するのは地上にいる人間にやらせるのだという考えです。

つまり、良い結果になるも悪い結果になるも自分次第であり、むやみに天を嘆いたり、祈祷に頼ったりするのは間違いであるとしているのです。

 

荀子も、戦国時代の末期に生きた人であり、より現実に近い思想となっていますが、礼治政治も実現することはありませんでした。

 

韓非子

法家の分類になりますが、荀子の門徒です。

戦国末期の時代に生きた韓非子ですが、荀子の思想をより現実に当てはめて考えました。

時代は常に変わっていて、今の考えも古くなるということをよく認識していました。

 

時代が変わり、国が大きくなれば、貧富の差も生まれ、争いも起きる複雑な社会となる、

昔であればできたかもしれない老子や孔子の思想は、今の時代では難しいと考えたのです。

 

もし儒教の主張が正しければ、思想家たちが政治を担って活躍しなければおかしいが現実としてそうはならなかったことに注目しています。

 

これまでの思想家は理想と現実の間で苦悩しましたが、韓非子は、今見ている乱世の時代に対して何が必要なのかを考えました。

それは法と権力でした。

 

信賞必罰で、罰を与える時は容赦無く、賞を与える時は惜しみなくすれば、賢人であろうとなかろうと、民は自然とついてくる、

賞罰を与える権限は全て王に集中し、他に渡さない。

 

これまでうまく統治できないのは、罰が罰に、賞が賞になっておらず、舌先三寸の者たちがうまく立ち回ることが可能であったためだと分析しています。

韓非子にとって、この舌先三寸の王のとりまきの存在が非常に邪魔なものとなっていたという事実もあるようです。

 

自ら労働しようとせず、舌先三寸で大したこともできない人を有能だと言い、高い地位に就かせたままにする、

こういうことがまかり通れば農地は荒れるし、国は弱体化する。

法を強化して、役に立たないとりまきなどは廃すべきだと主張しました。

この主張などは、現代に置き換えても重要な問を発しているように思います。

 

王が一人で賞罰を実行して全てを把握することは現実的ではありませんが、この時代にはまず権力のあり方を整えることから始めたかったのでしょう。

 

韓非子が仕えていた韓の王に何度提言しても、受け入れられなかったのですが、秦を統一する前の始皇帝は、韓非子の考え方を高く評価しました。

法家の考え方を取り入れて秦は中国を統一し、戦国時代が終了することになります。

なお、韓非子は中国統一を待たず、同門の李斯の策略により投獄の上、自殺を迫られることになり生涯を終えています。

 

まとめ

諸子百家を、断片的に覚えているだけでは、意味はほとんどありません。

これだけ、時代を超えて語られ、読み継がれている思想です。

多くの学びや今にも繋がる考え方があります。

どの思想も、矛盾があったり、完璧ではありませんが、それでも人間の本質を考えるのに重要な問が含まれているように思います。

それを考えるきっかけとして、思想家たちが生きた時代背景やその人生を知ることが有効です。

以下の書籍は大変参考になります。

諸子百家の考え方を、今の時代や、人生に照らし合わせて考えるきっかけになるのではないかと思います。

興味のある方は読んでみてください。



代表的な諸子百家の考え方とともに、それぞれの時代背景と考え方の変化などがわかりやすく解説されています。何より、これらの思想について、現代の私たちの生き方として考えてみるきっかけになるのではないかと思います。

 

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