家族に誇れる仕事であるかを問い続けるべき理由

こんにちは!Jimmyです。

「家族に誇れる仕事をしよう!」

学生時代にこのように言われたら、

「当たり前ではないか!」と答えていたことでしょう。

 

問題は、社会に出て働いているうちに、この当たり前の指針を追いかけなくなることです。

本来、幸福感を持つ上で非常に大事な指針です。

今回は、今の世の中だからこそ、考え続けるべき大切な問を示します。

家族に誇れる仕事をする意義

就職をする前の学生時代に問われても、ほとんどの人が当たり前であると考える価値観。

それが、「家族に誇れる仕事」をするということです。

幸福感、自己肯定感に直結するというところがポイントです。

 

友人同士であれば、給料の水準や地位、役職、インパクトの大きさなどが「誇れることの」基準になるでしょう。

多くの場合、幸福感というより見栄の要素も入ります。

 

ところが、家族に対してはこれだけではいけません。

「正しくある」という概念が加わってきます。

心に引っかかるようなことがあれば、心底誇ることはできないでしょう。

 

いちばん身近な存在である家族。

その家族に対して、偽りなく誇ることができる仕事であれば、自然と幸福感は高まります。

困難なことを乗り越える力にも、生きる希望にもなります。

 

家族に誇れる仕事かどうか。

これを時々でも意識できるかどうかで、幸福度や自己肯定感も変わってきます。

すぐに誇ることができず諦める問題

現実として、社会には様々な仕事があります。

公明正大にはいかないことも少なくありません。

そこで、「家族に誇れる」ことをすぐに諦めてしまうという問題が多発します。

 

経験が浅い若手時代であれば、最初から誇れるような仕事ができるわけではないでしょう。

清濁併せ呑むことが必要なこともあります。

迷うこと、心に引っかかることも珍しくないと思います。

 

そのような経験を経て、

「社会とはグレーなこともある、世知辛い競争もある、うまくやらなければならないこともある」

ということを覚えていきます。

 

それだけならまだよいのですが、最終的に「うまくやらなければ!」だけが残ってしまうとよくありません。

 

「今現在は苦しい、心から家族に誇れることはできないかもしれない」

それ自体は問題ありません。

そういう時期もあって当然です。

 

しかし、その指針を追いかけなくなることは大問題です。

苦しみながら、経験を積んだ先にあるべきものは、堂々と誇ることができる仕事をする自分です。

それを見失うと、「正しくある」ことの定義が、知らぬ間に崩れていくことになります。

多くの場合、個人としての倫理規範の崩壊を伴います。

本人にとっても周りにとっても不幸です。

 

「今はできなくても、必ず家族に誇れる仕事ができるようになる」

忘れられがちですが、この意識を持ち続けることが不可欠です。

成長の方向にも大きく影響する問題です。

考えるべき問とは?

仕事をする目的をたどっていけば、最終的には自分、家族の幸せのためという長期スパンの話になります。

最低限、盆暮れ正月などの節目には、仕事との向き合い方について、振り返り考えるとよいでしょう。

 

以下のような問を考えることが効果的です。

記事のタイトルに「家族に誇れる仕事を」とある通り、たどり着くべき結論は既に書いてしまいましたが、全員がそこに行き着くとは限りません。

自分自身で一から考え、納得することが大切です。

 

自分は何を誇ることができるのか?

信念のある正しい行動に基づいた仕事ができれば、間違いなく家族に誇ることができるでしょう。

一方、給料水準や役職、社会的地位をもって、家族に誇るという人もいるようです。

それは家族にとって意味があるのでしょうか。

近所で鼻が高い、ステータスを感じるのかもしれませんが、それは家族にとって本当に重要なのでしょうか。

重要だとして、それ以上に誇るべきものはないのでしょうか。

具体的に、両親、子ども、パートナーを思い浮かべて、何を誇るべきなのか考えてみるとよいでしょう。

 

家族が知らなければよいのか?

スポーツ選手でもない限りは、仕事における重要な場面を直接見られることはありません。

知られなければ、心配されることもありません。

家族に知られることはほぼないとすれば、

正しくない、良くないことをしても、自分が納得しているなら問題ないという考える人もいます。

本当にそれで納得できるでしょうか。

 

良くないことをして誇ってもよいのか?

苦労しながら働いている様子を家族も知っていて、応援してくれることもあるでしょう。

そのような場合、仕事の内容に関わらず、必死になっている自分を肯定的に見てくれるはずです。

家族に感謝しながらも、そのような状況に甘んじ、グレーなことを正当化してよいでしょうか。

家族が誇りに思ってくれることと、自分が家族に誇れることは同じなのでしょうか。

 

きれいごとに過ぎないのか?

「家族に誇れる仕事」ということ自体、きれいごとに過ぎないのでしょうか。

きれいごとよりも、現実として生活を安定させることができれば、そちらのほうが大事でしょうか。

今は、生活優先であっても、将来堂々と誇ることができるようになるという決意は必要ないのでしょうか。

 

競争を前提にすれば何をしてもよいのか?

社会に出てからは、生き残りをかけた競争であるとも言われます。

そうであれば、競争に勝つことが優先され、倫理観などは後回しにされるべきなのでしょうか。

勝ってから考えるべき倫理観、正義なのでしょうか。

 

その成果・表彰に何の意味があるのか?

自分が家族に誇れるかどうかよりも、家族が安心してくれるほうが重要でしょうか。

少々無理やりな手法であげた成果によって獲得した社内表彰。

仕事が順調である証拠にもなります。

家族は安心するかもしれませんが、それでよいのでしょうか。

その先にやるべきことはないでしょうか。

 

これから何をするべきか?

以上のような問を考え、現状に対して何を改善するべきかを決めます。

スキルやキャリアだけを考えるのではなく、家族に誇れる仕事かどうかの視点を入れることで、

取るべき行動指針や、持つべき信念も変わってくるはずです。

不透明な時代にあるべき人物像のヒント

いくら成果を出しても、注目されても、幸福感に直結するとは限りません。

組織が示す正解にしがみつき、精神をすりへらす人、幸福感を感じられない人が多い現状は認識するべきでしょう。

 

ただでさえ先行きが不透明であり、正解のない世の中です。

このような時代に、数少ない指針となるものが、「家族に誇れる仕事かどうか」という基準です。

人によって感覚の差はありますが、幸福感に直結する基準であることに変わりはありません。

自分のあるべき姿に迷った時は、大きなヒントになる指針となるはずです。

 

以上、ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

 

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