山本五十六から考える真のリーダー像

山本五十六との出会い

こんにちは!Jimmyです。

今回は、昭和の海軍軍人、山本五十六(やまもと いそろく)について紹介します。

 

当時、山本五十六という名前を聞いた時、なんとなく、戦時中の人かなという印象くらいしかありませんでした。

聞いたことのある名前だなとは思いましたが、山本五十六がどんな人なのかは全く知りませんでした。

 

私が山本五十六について関心を持ったのは、社会人になって間もないときでした。

営業駆け出しのころ、新潟県に勤務していたときのことです。

 

新潟県は山本五十六の出身地です。

営業をしているとき、ある会社の社長さんから山本五十六の名言を聞かされました。

ご自身も経営者として意識している言葉とのことでした。

 

やってみせ 言って聞かせて させてみせ ほめてやらねば 人は動かじ

話し合い 耳を傾け 承認し 任せてやらねば 人は育たず

やっている 姿を感謝で見守って 信頼せねば 人は実らず

 

その時に聞いたのは一行目だけでしたが、この言葉を聞いたとき、私は心底感心しました。

なんて素晴らしいリーダーかと思いました。

 

そこで、社長さんにもう一度言ってもらい、手帳にメモしました。

帰ってインターネットで調べて、山本五十六について調べるきっかけになりました。

それ以来、この言葉は座右の銘となりました。

山本五十六の経歴

ここで山本五十六の経歴について簡単に記載します。(以下、山本五十六記念館HPより抜粋。)

太平洋戦争中、海軍の司令長官(連合艦隊司令長官・現場のトップ)として、真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル島の戦いなどを指揮しました。

明治17年(1884)現新潟県長岡市坂之上町で生まれる。
明治34年(1901)長岡中学を卒業し海軍兵学校に入学。
明治38年(1905)(日露戦争にて)巡洋艦日進に乗組、日本海海戦において左手指と右下腿部に重傷を負う。
大正7年(1918)元会津藩士三橋康守の三女禮子と結婚。翌年4月からアメリカ駐在武官として渡米、ハーバード大学に入学し英語習得に励む。またこの頃欧米諸国をめぐりワシントン軍縮条約後の各国の実態をつぶさに視察した。
大正13年(1924)霞ヶ浦海軍航空隊教頭兼副長に就任、後に海軍航空本部長まで歴任し、今後の国防の主力は航空機にあると確信を持ち、一貫して航空戦力の充実に尽力した。
昭和5年(1930)ロンドン軍縮会議の随員。昭和9年(1934)ロンドン軍縮会議予備交渉の海軍代表として出席。海軍軍縮条約の締結が日本の命運を決める重大事と認識し粘り強く交渉を続ける。
昭和11年(1936)海軍次官に就任。当時の海軍大臣米内光政、軍務局長井上成美らとともに日独伊三国軍事同盟に断固反対の姿勢を貫いた。
昭和14年(1939)連合艦隊司令長官に就任。
昭和16年(1941)ハワイ真珠湾攻撃を敢行し未曾有の大戦の指揮をとった。
昭和18年(1943)ブーゲンビル島上空で米軍機に撃墜されて戦死。死後、元帥府に列せられた。

山本五十六の逸話、名言

山本五十六について、名言や逸話は多くあります。

また、一部神格化されている部分もありますが、様々な書籍や情報を見ていると、批判されているようなところもたくさんあります。

まずは山本五十六についての主な逸話、名言を紹介します。

 

✅海軍航空本部長時代から、演習中や戦で死亡した部下の情報を手帳に書き込み、よくそれを見つめては思いに沈んでいた。階級、名前、艦名、死亡の日、場所、本籍、住所、遺族の名前を克明に残していた。

 

✅司令長官になってからは、それらを書き出し執務室に貼って毎日見てから仕事に向かった。

 

✅自らが学んだ航空機の技術を率先垂範で教え、航空機戦力の充実に尽力した。

 

✅訓練中に殉職した若い部下の家族宛に何年も通い、励まし続けた。

 

✅訓練中に、部下の飛行機が母艦に上手く着地できず海に落ちそうになった時、自ら走って尾翼を掴み、止めようとした。(それを見ていた部下達も慌てて駆けつけ、海に落ちることを免れた。)

 

✅連合艦隊司令長官の時、前線に視察に出るときは、必ず現地の海軍病院または病院船に自ら立ち寄り、負傷した部下を見舞って励ましていた。

 

✅それぞれに優しい言葉をかけ、病室を出るときは、帽子を脱いで「御大切に」と丁寧に挨拶をしていった。

 

✅「長官の部下思いには、単なる人情というよりも命がけの迫力があった。」(部下談)

 

✅実年者の態度に関する有名な言葉

実年者は、今どきの若い者などということを絶対に言うな。

なぜなら、われわれ実年者が若かった時に同じことを言われたはずだ。

今どきの若者は全くしょうがない、年長者に対して礼儀を知らぬ、道で会っても挨拶もしない、

いったい日本はどうなるのだ、などと言われたものだ。

その若者が、こうして年を取ったまでだ。

だから、実年者は若者が何をしたか、などと言うな。

何ができるか、とその可能性を発見してやってくれ。

山本五十六への批判的見方

一方、批判側の意見にはこんな内容のものがあります。

 

✅作戦家として能力不足。軍政家としては超一流ではあるが、作戦となると疑問が残るものが多い。

 

✅真珠湾奇襲は、やるべきではなかった。「Remember pearl harbor」、アメリカの団結に繋がった。ミッドウェー海戦もやるべきではなかった。東郷平八郎、秋山真之コンビであれば絶対あのような作戦は取らず、日本へのダメージを少なくできたはずだ。

 

✅暗号をアメリカ軍に解読されていた。山本五十六は暗号の重要さを軽視し、日本に大損害を与えた。

 

✅好き嫌いがはっきりしており、自分がこうと決めたことにはテコでも動かない頑固さがある。

 

✅日米開戦後の見通しについて近衛首相から意見を求められたとき、「是非やれといわれれば、初めの半年や一年は、ずいぶん暴れてごらんにいれます。しかし二年、三年となっては、全く確信は持てません。三国同盟ができたのは致し方ないが、かくなった上は、日米戦争の回避に極力ご努力を願いたいと思います。」と発言。強固な日米対戦反対の立場にいながら、なぜ絶対勝てない、戦争をするべきではないとはっきり言わなかったのか、首相はこれを聞いて、勝てるかもしれないという思いを持ったかもしれない。言わなかったのは、世論への恐怖や職を追われると困るという思いが頭にあったのではないか。

 

✅部下には勇ましい言葉をかけながら、前線に出なかった。東郷平八郎は前線に立ち陣頭指揮をとったが、山本五十六は安全な後方で将棋を打っていた。率先垂範と言えるのか。

 

✅部下に対して、「全艦隊の将兵は本職と生死を共にせよ」と言っているのに、一方で愛人に手紙を書いて愛情を伝えたり、作戦実行前にお忍びで愛人に会ったりしていた。日本の存亡をかけて指揮をとる人の行動ではない。

完全な人間などいない、それでも人はついていく

神格化は良くありません。

神格化することは、ある意味人の性なのでしょう。

こんな人がいてほしいという希望が反映されます。

 

古くから英雄の逸話は美化され、神格化されますが、そんな完璧な人間はいるはずはありません。

三国志に出てくる登場人物は、読むものによって全然違った性格になっています。

 

上記の批判の中には、もっともな意見も多くあります。

被害を少なくできた作戦もあったでしょう。

ただし、それらを完璧にできたら、それこそ神様です。

 

東郷平八郎が日本海海戦で成功したのは、秋山真之という名参謀がいたからであり、作戦はほぼ秋山真之が考えたものです。

秋山真之にしても、東郷平八郎という肝の座ったリーダーがいたからこそ、思う存分実力を発揮できたのだと思います。

しかも、もし、バルチック艦隊が南方ルートを取っていたら、今頃どんな評価になっているかわかりません。

 

山本五十六の作戦は間違っていたかもしれません。

判断に問題があったかもしれません。

特に、暗号を軽視していたことなどは致命的と言えます。

 

ただし、決断し、覚悟を決めてまわりを説得させ、真に奮い立たせたわけですから、大いなる魅力があったことは確かです。

 

また、人間ですから、緊張が続く戦争真っ只中でも、時には愛する人を思う瞬間はあって然るべきです。

連合艦隊司令長官は、愛情という感性を捨てて四六時中、戦争のことだけを考えなければならないという方が無理です。

そうあるべきだと主張する人は神様を求めているのだと思います。

 

愛人を作ることの是非はあるにせよ、部下に対しての言葉と、愛人への手紙には矛盾があるとは思えません。

人情深い山本五十六らしさだと思います。

部下思いであったことも納得できます。

 

結果、多くの人間が山本五十六を心底尊敬し、励まされ、ついていく覚悟を決めているのです。

この人ならついていける!と思わせること、人間性こそ、リーダーとして必要な資質だったということがわかります。

 

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私が仕えたリーダー

当時私が勤務していた会社では、新潟県内に1つ拠点を置いていました。

つまり1営業拠点で新潟全域をカバーしていました。

その拠点のトップである部長(支店長)は言わば一国一城の主のようなイメージです。

 

私は、新潟で二人のトップに仕えました。

当時も景気は低迷しており、特にリーマンショック後は前向きな話は非常に少なかったことを覚えています。

 

二人とも厳しかったですが、拠点長としての覚悟があり、拠点を引っ張るリーダーでした。

全てが完璧だったとは思えません。

よく話を途中で切り上げられ怒られましたし、気分で言うことが違うなんてこともありました。

顧客交渉が上手かったとも思わないですし、知識が特に優れていたわけでもありませんでした。(すみません)

 

しかし、最終的にこの人はリーダーだなと思えたのは、拠点の全責任を負っているという覚悟が伝わったからです。

際どいことや判断に迷うときに決断できる人たちでした。他人のせいにはしません。

 

重要な時に部下を守ろうとする姿勢も見てきました。(これが本当に重要だと思います。)

実際に助けられた、守ってもらえたこともありました。

 

人事についても非常に部下のことを考える人でした。

とにかく部下が努力していること、成果をあげたことを覚えていて、それを人事交渉のときに持ち出すのです。

そして、次回の転勤の時に希望の部署に行けるよう尽力されます。

 

地方拠点の若手営業担当であった私が、次の転勤で海外に勤務できたのは、部長の力無くしては叶いませんでした。

当時としては、異例の年次での海外転勤でした。

 

よく怒られましたし、正しくないことも仰っていたと思います。

それでも、今思い返しても”リーダー”でした。

その方たちが最終的に役員まで昇進されることがなかったのが残念です。

さらば大企業

その後、私は会社の本店組織というものを経験します。

リーダーとは程遠い管理職にも出会いましたが、それでも組織はまとまります。

 

組織とは面白いもので、政治力と立ち回りで上に上がっていく人がかなり多くいます。

尊敬できない人でも、上に行くであろう人の言うことには従おうとします。

その方が自分に有利だからです。

それがサラリーマンです。

 

本部組織という一営業拠点とは異なる、より複雑な組織に身を置いたことで実感しました。

なんとなくわかっていたものが、確信になったという感覚の方が正しいかもしれません。

 

多くのサラリーマンは日露戦争や太平洋戦争当時の日本のように、自分がやることに対する明確な大義名分がありません。

あるのは自分に課された計数目標を達成すること、問題を起こさず任期を満了することとしている人が多いと言えます。

或いは家族を養うためという人もいるでしょう。

 

そのような目的だけで仕事をしていると、自分が不利にならないように、自分が損しないように、波風立てて面倒なことを起こさないようにと考えるようになります。

 

年次、役職を重んじ、まわりを見て、上手くやること、これが全てです。

それで、問題なく食べていけるのだからそのように考える人が増えるのも当然かもしれません。

 

この能力が身につくと、会社での立ち位置が理解でき、身のこなしがスムーズになります。

年次が上がれば部下もできます。

自分で手を動かさなくてもよくなり、楽になります。

居心地もよくなります。

 

結果部下を使い、自分の立場を確立させるための無駄な作業に多くの時間を費やします。

非効率になろうとも上への根回しと忖度を欠かさない組織体質です。

 

しかし、それではリーダーは多く育ちません。

リーダーになるべき人は途中で脱落してしまいます。

実際に目の当たりにしてきました。

 

周囲の反対があって、立場が危ぶまれる時でも、時には頑として己を貫くこと。

決断し、責任を持ち周囲を引っ張り導くことができるサラリーマンがどれほどいるでしょうか。

 

Japan as No.1と言われた技術大国はとうの昔です。

日本の大企業も何が起こるかわからない、安泰ではない時代に入りました。

今必要とされているのは山本五十六のようなリーダーなのかもしれません。

 

私自身、サラリーマン大企業文化をよしとしない生き方を選び、挑戦をすることが真のリーダーへの第一歩なのだと考え、飛び出すに至りました。

 

 

以上、ここまで読んでいただいてありがとうございました。

 

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